量子コンピューターの仕組みを一枚で

量子コンピューターは、次の5つの段階を繰り返して計算します。まず全体の流れを見て、それから各段階を順に説明します。量子コンピューターが何か、何が得意かといった入口の話は量子コンピューターとはにまとめました。この記事は、中身の仕組みに絞ります。

段階やることこの記事の節
1. 用意する量子ビットを作り、全部を0の状態にそろえる量子ビット
2. 重ね合わせにする0と1の両方の可能性を併せ持つ状態にする重ね合わせ
3. 操作する量子ゲートで状態を変える。複数の量子ビットを結びつける(もつれ)もつれ、ゲートと測定
4. 干渉で整える正しい答えの確率を強め、誤った答えを打ち消す重ね合わせ、ゲートと測定
5. 測定する0か1かを読み出す。結果は確率で決まるので、同じ計算を何度も繰り返すゲートと測定

流れは、理研 Q-portal「量子コンピュータ」とIBM の解説の説明を編集部が段階に整理したものです。

この流れに加えて、量子ビットは外部のノイズですぐに量子の性質を失います。この問題に立ち向かう「誤り訂正」が、いまの研究開発の中心です。誤り訂正は、5つの段階すべてに関わるので、独立した節で扱います。

数式について

この記事の数式は、ごく簡単なものだけです。式が出てきたら、必ず日本語で意味を添えます。たとえ話は理解の助けになりますが、途中までしか正しくありません。たとえの限界は、そのつど一言で書きます。

量子ビットとは|情報の最小単位

いまのコンピューターは、情報を「ビット」で表します。ビットは0か1のどちらかで、スイッチのオンとオフのようなものです。量子コンピューターの情報の単位は「量子ビット」で、0と1の「重ね合わせ」の状態を取れます(Q-portal)。

量子ビットの状態は、2つの数で決まる

量子ビットの状態は、「0の成分」と「1の成分」の2つの数(振幅)で表します。ここでは、その2つを a と b と書きます。測定したときに0が出る確率は a の2乗、1が出る確率は b の2乗です(正確には、数が複素数でも使えるよう絶対値の2乗です)。2つの確率を足すと必ず1(100%)になります。

Q-portal は、電子のスピンの例で説明しています。電子には「上向き」と「下向き」の2つの状態があり、量子の重ね合わせで「80%上向き、20%下向き」の電子を作ることができます。この電子を100個用意して1個ずつ測ると、おおよそ80個が上向き、20個が下向きで出てきます。ただし、次にどちらが出るかはコイン投げのようにランダムです。この、測定したときに確率で結果が決まる規則を「ボルンの確率規則」と呼びます(Q-portal「重ね合わせ状態」)。

ここで大事な点が2つあります。

  • 量子ビットの「中身」は、測定する前は2つの数で決まる連続的なものです。「少しだけ0寄り」という状態も作れます。
  • しかし、測定して読み出せるのは、0か1のどちらか1ビット分だけです。2つの数そのものは、1回の測定では読めません。

この「中身は豊かだが、読み出せるのは少しだけ」という性質が、量子コンピューターの強みと難しさの両方のもとになっています。

量子ビットは、何でできているか

量子ビットは、2つの状態を持つ量子的なものなら、何でも材料になります。研究機関や各社の説明から、主なものを表にします。

方式量子ビットの実体公式の説明にある特徴
超伝導超伝導体の電気回路と、ジョセフソン接合という薄い壁。飛び飛びの電流や電荷の状態に0と1を割り当てる(Q-portal)絶対零度近くの極低温が必要。計算速度と細かな制御に優れる(IBM)
イオントラップ電場で捕まえた、電気を帯びた原子(イオン)。1粒ずつ取り出して操作する(Q-portal)コヒーレンス時間(状態を保てる時間)が長く高精度だが、動作は超伝導より遅め(IBM)
中性原子(冷却原子)レーザーで冷やした原子を、光ピンセットで1個ずつつかんで並べる(Q-portal)大きな冷凍機は要らず、低消費電力にできる可能性(産総研)。ただし原子そのものは、レーザーで絶対零度より0.00001度ほど高いだけの温度まで冷やす(Q-portal)
光光の粒(光子)。偏光や経路で0と1を表す方式と、光の強さや位相の連続量を使う方式がある(産総研)周りの影響を受けにくい。光ファイバーでの通信と相性がよい(Q-portal、産総研)
半導体(量子ドット・シリコン)小さな半導体に閉じ込めた電子(IBM)拡張性と、既存の半導体技術との互換性が期待されている(IBM)

どの方式でも、量子ビットを「つくる」「操作する」「読む」の3つを、ほかの量子ビットを壊さずにやる必要があります。方式ごとの得意不得意は、「方式への橋渡し」の節で整理します。

量子ビットが増えると、何が増えるのか

量子ビットを1個増やすたびに、状態を決める数(振幅)の数が2倍になります。n個の量子ビットなら、2のn乗個です。富士通と理研の発表は、64量子ビットの超伝導機について「理想的には最大で2の64乗個の状態の重ね合わせ計算が可能になり」と書いています(富士通・理研、2023年10月5日)。産総研も、エラーがない理想的な量子ビットが100個あれば、2の100乗通り(約10の30乗通り)の並列処理が可能になる、と説明しています(産総研マガジン)。

数がこのように急に増えるため、量子の振る舞いを、いまのコンピューターで丸ごと再現することは、量子ビットが増えると難しくなります。Q-portal の量子シミュレーションの解説も、少し大きな量子系になるとシミュレーションが困難になる、と書いています。量子コンピューターが「自然のシミュレーション」に期待される理由の1つです。

この説明の注意点

「2のn乗通りを同時に計算できる」という言い方は、半分しか正しくありません。量子ビットの内部には2のn乗個の数が使われますが、測定で読み出せるのはnビット分だけです。量子アルゴリズムの工夫は、読み出す前に、欲しい答えの確率だけを大きくすることにあります。「ゲートと測定」の節で説明します。

重ね合わせと干渉|答えを選ぶ仕組み

重ね合わせは、量子ビットが0と1の両方の可能性を持つ状態です。Q-portal は、コイン投げにたとえています。ふつうのコインは表か裏のどちらかを向きますが、量子のコインは「表と裏が両方混ざったような」状態を取れます(Q-portal「量子って何?」)。

手のたとえと、測定で変わること

Q-portal の「重ね合わせ状態」の解説では、じゃんけんの手が使われています。私たちの手はグー、チョキ、パーのどれかですが、「量子の手」は、グーとチョキが半分ずつ混ざった状態や、ほとんどパーで少しチョキが入った状態も取れます。

この重ね合わせは、見ようとすると壊れます。グーとチョキが半分ずつの手に袋をかぶせておけば重ね合わせは保てますが、袋を取って「どの手か」と調べた瞬間、グーかチョキのどちらかに決まります。人でもカメラでも、調べる行為は同じで、物理学者はこれを「測定」と呼びます(Q-portal)。

たとえの限界|袋の中で、もう決まっているのではない

「袋の中ではどちらかに決まっていて、私たちが知らないだけ」と考えたくなります。サイコロを伏せたコップの中の目が、見るまで分からないのと同じ、という考えです。しかし、この考えでは説明できない結果が、実験で確かめられています。

1964年にジョン・ベルが「ベルの不等式」を示しました。もつれた2つの粒子について、「それぞれの結果は生まれた時から決まっていて、離れた相手の影響は受けない」と考えると、2つの測定結果の相関はこの不等式を満たすはずです。量子力学は、この不等式が破れると予言します(産総研マガジン「2022年ノーベル物理学賞『量子もつれ』とは」、2023年3月8日)。もつれた光子を使った実験で不等式の破れが示され、2022年のノーベル物理学賞は、この実験を進めたアラン・アスペ、ジョン・クラウザー、アントン・ツァイリンガーの3氏に贈られました(Q-portal「量子もつれ」、産総研マガジン)。

この実験が退けたのは、「結果は最初から決まっていて、離れた相手の影響は受けない」という考え方です。1個の量子ビットの重ね合わせが単なる「知らないだけ」と違うことは、後の「アダマールゲートを2回かける」例の干渉でも確かめられます。

手やコインのたとえは、「測るまで結果が決まらない」という感覚を伝えるには便利です。ただし、「見えないだけで本当は決まっている」という意味には使えません。

干渉|正しい答えを強め、誤りを消す

量子コンピューターの計算で、重ね合わせと並んで大事なのが「干渉」です。波の山と山が重なれば強め合い、山と谷が重なれば弱め合います。量子の振幅も、波のように足し引きされます。

Q-portal は、二重スリット実験で説明しています。光を1粒ずつ弱くして2つのすき間に通すと、スクリーンには最初は点がばらばらに現れますが、粒がたくさん集まると、波の干渉でできる縞模様になります(Q-portal「粒と波の二重性」)。

IBM は、各結果に確率振幅が対応し、波のように強め合ったり打ち消し合ったりする、これが「正しい答えの確率を増幅し、誤った答えを減らす仕組み」であり、量子コンピューティングの動力源とされている、と説明しています(IBM)。

最小の例|アダマールゲートを2回かける

干渉の効果は、1個の量子ビットでも確かめられます。次の例は、量子コンピューターの教科書で使われる標準的なものです。Q-portal は、アダマールゲートが0から半分ずつの重ね合わせを作るところまでを説明しています。2回目の結果は、編集部が補った説明です。

段階量子ビットの状態測ったときの結果
はじめ0の状態必ず0
アダマールゲートを1回0と1がちょうど半分ずつの重ね合わせ0が50%、1が50%
アダマールゲートをもう1回0の状態に戻る必ず0

アダマールゲートは、0の成分からも1の成分からも、0と1の両方へ振幅を分けます。このとき1の成分から1へ行く分にだけ、マイナスの符号が付きます。そのため2回目では、0のところでは2つの分が同じ符号で足し合わさり、1のところでは逆の符号で打ち消し合います。確率が半々のまま混ざるのではなく、0だけが残ります。「確率を混ぜる」のではなく「振幅を足し引きする」ので、こうなります。コインを2回投げ直しても、必ず表に戻ることはありません。ここが、重ね合わせが単なる確率とは違う点です。

量子アルゴリズムは、この打ち消し合いを大規模にしたものです。多数の量子ビットを重ね合わせにして、答えでない候補の振幅が打ち消し合い、答えの候補の振幅が強め合うように、ゲートの順番を設計します。

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量子もつれ|量子ビットをつなぐ仕組み

量子もつれは、2つ以上の量子ビットが、ばらばらには説明できない形で結びついた状態です。Q-portal は次のように説明しています。

2つの量子ビットで起きること

「50%上向き、50%下向き」の電子を2個用意して、そのまま測ると、4つの組み合わせ(上上、上下、下上、下下)が、それぞれ4分の1の確率で出ます。ここまでは、重ね合わせの電子が2つあるだけです。

この2つの電子に「量子もつれ生成」という操作を加えると、様子が変わります。片方を測ると、上か下かは50%ずつでランダムに決まります。ところが、もう片方を測ると、必ず1つ目と同じ向きが出ます。出る組み合わせは「上上」か「下下」だけになります。どちらになるかは50%ずつの運ですが、2つは揃って同じ向きを向く、運命共同体です(Q-portal「量子もつれ」)。

量子回路で作る|アダマールゲートと CNOT ゲート

量子コンピューターの中では、もつれは2種類のゲートで作ります。Q-portal によると、アダマールゲートは重ね合わせを作るゲートです。CNOT ゲートは2つの量子ビットに作用し、「1つ目のビットが1のときだけ、2つ目のビットをひっくり返す」操作を、重ね合わせのまま行います。その結果、「0だった場合」と「1だった場合」の両方の可能性が重なった、もつれの状態ができます(Q-portal「量子コンピュータ」)。

手順操作2つの量子ビットの状態測ったときに出る組み合わせ
1はじめどちらも000だけ
21つ目にアダマールゲート1つ目だけが0と1の重ね合わせ00と10が半々
3CNOT ゲート(1つ目が1なら2つ目を反転)「00」と「11」の重ね合わせ。もつれた状態00と11が半々。01と10は出ない

手順の表は、Q-portal の説明を2量子ビットの最小の回路にあてはめた、編集部の整理です。

もつれは、計算の何に効くのか

もつれがなければ、n個の量子ビットは、独立した1個ずつの量子ビットの集まりとして扱えます。必要な情報は、各量子ビットの2つの数だけです。もつれた量子ビットでは、全体をまとめて記述しないと状態が分かりません。ここで、前の節の「2のn乗個の数」が本当に必要になります。量子コンピューターの強みには、このもつれが深く関わっています(編集部の整理)。

IBM も、量子回路で量子ビットをもつれさせて干渉のパターンを作り、増幅された結果を測定して答えとする、と流れを説明しています。もつれは、量子ビットどうしを結びつけ、複雑な干渉のパターンを作るための材料です。もつれがうまく保てなければ、量子コンピューターの力は出ません。

光方式では、もつれ自体を計算の資源にします。産総研の解説によれば、光のパルスを時間的にずらして走らせ、網目状のもつれた状態を作り、これを測定することで計算を進める「測定型量子計算」という方式があります(産総研マガジン、2026年6月17日)。

もつれでできないこと、たとえの限界

もつれた量子は、遠く離れていても息の合った振る舞いをします。このため、「通信に使えば一瞬で情報が送れる」と考えられがちです。Q-portal の解説は、これを否定しています。量子テレポーテーションは量子の「状態」を遠くへ移す技術ですが、2か所の測定結果を、電話のような普通の通信で伝えないと完成しません。光の速度を超えて情報を伝えることはできません(Q-portal「量子テレポーテーション」)。

もう1つ、量子の状態は、そのままコピーできません。Q-portal によると、量子力学では状態の変化をたどれば元の状態に戻れる性質(可逆性)があり、どんな状態もコピーできるとするとこの性質と矛盾します。もしコピーできると、もつれた相手の操作が事前に分かってしまう変な世界になる、とも説明されています(Q-portal「量子はコピーできない」)。このことは、次の誤り訂正の難しさに直結します。

たとえの限界も書いておきます。「双子の手袋の右と左」のような説明は、離れていても対になっていることは伝えますが、「開けるまでどちらか決まっていない」ことと「最初から決まっている」ことの違いを隠します。「運命共同体」と言っても、片方を操作して、遠くの相手に情報を送れるわけではありません。

量子ゲートと測定|計算を進める操作

古典のコンピューターは、0と1に論理ゲート(AND や OR など)を組み合わせて計算します。半導体のスイッチを何十億個も並べて、このゲートを実現しています。量子コンピューターには、量子ビットに作用する「量子ゲート」があります(Q-portal)。

主な量子ゲート

Q-portal が挙げるゲートを整理します。

ゲート何をするか使いどころ
アダマールゲート0の入力に対して、0と1がちょうど半分ずつ混ざった重ね合わせを作る重ね合わせを作る、干渉を起こす
重ね合わせの割合を変えるゲート「少しだけ0寄り」など、割合を連続的に変える状態を細かく調整する
CNOT ゲート1つ目の量子ビットが1のときだけ、2つ目をひっくり返すもつれを作る、条件分岐に当たる操作

「使いどころ」の列は編集部の整理です。

Q-portal は、アダマールゲート、連続的に状態を変えられるゲート、CNOT ゲートの3つがあれば、どのような量子アルゴリズムでもプログラムできることが知られている、と書いています。つまり、必要な部品は意外に少なく、あとは組み合わせの工夫です。

量子ゲートには、元に戻せるという特徴があります。Q-portal が説明する量子力学の可逆性により、ゲートによる状態の変化は、逆にたどれば元に戻せます。これに対して測定は、重ね合わせを壊し、元に戻せない操作です。

ゲートは、物理ではどう実行するか

Q-portal によると、量子ゲートは、量子ビットに電磁波や光を照射することで実行します。IBM は超伝導方式を例に、量子プロセッサー(QPU)、絶対零度近くの超低温環境、室温の制御エレクトロニクスを組み合わせ、マイクロ波で量子ビットを制御する、と説明しています(IBM)。

つまり、量子コンピューターの周りには、量子ビットを操作する信号を作る「制御装置」があります。経済産業省の資料は、ケーブルやコネクタ、制御装置などの部素材は日本の強みで、海外の主要な量子コンピューターにも採用実績があるとしています。具体的には、極低温でマイクロ波の信号を伝える超伝導同軸ケーブルと、低温で高周波の信号を増やす低温動作低雑音増幅器です。量子ビットを絶対零度近くまで冷やす希釈冷凍機は、フィンランド製が多くの実機で採用されており、国内では複数社が実用化に向けて研究開発中とされています(経済産業省、2026年7月8日)。量子ビットの数が増えるほど、制御の信号線も増えます。産総研は、配線が膨大になると室温から熱が流れ込む「熱流入問題」が深刻になる、と指摘しています(産総研マガジン、2022年)。

測定と、繰り返しで答えを決めること

最後に測定して、0か1を読み出します。測定の結果は確率で決まるので、1回の結果だけでは答えが決まりません。同じ計算を何度も繰り返し、結果の分布を見ます。Q-portal の例にあるように、「80%上向き」の電子を100個測れば、おおよそ80個が上向きで出ます。同じように、量子コンピューターも、正しい答えが多く出るように設計して、繰り返した結果から答えを決めます。IBM も、量子の計算は確率的なので複数の答えの候補が出ることがある、と説明しています。

この繰り返しの数は、機械の速さにも影響します。ただし、繰り返しの回数や1回あたりの時間は、機械やアルゴリズムによって違い、公式の資料で一律の数字は確かめられませんでした。

性能は何で比べるのか|ゲートの精度と状態を保てる時間

量子ビットの数だけでは、機械の性能は分かりません。公式の資料に出てくる指標を整理します。

指標意味出典
ゲートの忠実度操作が狙いどおりにできた度合い(編集部の説明)。Quantinuum の Helios は、2量子ビットゲートの平均で99.921%と公表Quantinuum
コヒーレンス時間量子の状態を保てる時間。イオントラップは長く高精度、動作は超伝導より遅めと説明されているIBM
回路の深さデコヒーレンスが起きる前に、並列のゲートを実行できる回数の目安IBM
レイヤー忠実度プロセッサー全体の回路実行能力を表し、個々の量子ビットやゲートの性能情報も示すIBM
CLOPS1秒あたりの回路レイヤー演算数。量子ボリューム回路をどれだけ速く連続して実行できるかを示す速度の指標IBM

忠実度99.921%を失敗の割合に直すと、およそ0.079%、約1,270回の操作に1回です(平均値からの編集部の計算)。数千回のゲートを重ねる計算では、この誤りが積み重なります。誤り訂正が必要になる理由が、この数字からも分かります。

誤り率の目安は、規模の見積もりにも使われます。ギドニー氏の見積もり(2048ビットRSA、100万個未満の量子ビット、1週間未満)は、すべてのゲートの誤り率を0.1%とする前提です。ほかにも、量子ビットを正方格子に並べて隣とだけつなぐ、表面符号のサイクル時間は1マイクロ秒、制御装置の反応時間は10マイクロ秒、といった前提が置かれています(arXiv:2505.15917)。「必要な量子ビットが◯個」というニュースを読むときは、誤り率などの前提も確かめてください。

代表的なアルゴリズムの仕組み

Q-portal が紹介する2つの量子アルゴリズムは、「重ね合わせで候補を作り、干渉で答えを残す」流れの代表例です。

  • グローバーの探索アルゴリズム:N個のデータから探したいものを、Nの平方根程度のステップで見つけられます。100万件なら、およそ1,000ステップの目安です。桁違いの高速化ではなく、「平方根」に減る効果です。
  • ショアのアルゴリズム:整数の周期性を使って、大きな数の素因数分解を効率よく行えることが知られています。IBM は、1994年に数学者ピーター・ショアが示したこの方法が、現在の暗号を破りうることを示したと説明しています。

もう1つの使い方が、量子の自然のシミュレーションです。1981年にリチャード・ファインマンが示した考えで、量子の振る舞いをする物質を、同じ量子の性質を使う機械で再現する、というものです(Q-portal「量子シミュレーション」)。

量子コンピューターと古典の計算を組み合わせるアルゴリズムも研究されています。富士通と理研の2023年の発表は、量子コンピューター向けのアルゴリズムの一部を、古典コンピューター上の量子シミュレーターが担うハイブリッドな方法で、水素原子12個の鎖の基底エネルギーを、既存の古典アルゴリズム(CCSD(T))を上回る精度で計算できることを世界で初めて確認した、としています(富士通・理研)。

誤り訂正|量子コンピューターの最大の壁

量子コンピューターの実用化の最大の課題は、誤り(エラー)です。産総研の2026年の解説は、古典コンピューターでも、ビットは環境のノイズで誤りが生じるが、その訂正は比較的容易だった、一方で量子コンピューターでは方式を問わず誤り訂正が非常に難しく、根本的な課題だ、と述べています(産総研マガジン、2026年6月17日)。

なぜ量子ビットは誤りやすいのか

Q-portal は、量子ビットは外部のノイズですぐに量子性を失ってしまい、計算にエラーが発生する、と書いています。IBM はこの現象を「デコヒーレンス」と呼び、量子状態が非量子的な状態へ崩れることで、測定や環境要因で起こる、と説明しています。量子コンピューティングでは避け、抑える必要があります。

量子ビットを真空の容器に閉じ込めたり、絶対零度に近い環境を用意したりして、周りの邪魔者を取り除きます(Q-portal「光子」)。方式によって対策は違いますが、それでも操作(ゲート)をするたびにわずかな誤りが生じます。計算が長くなるほど誤りが積み重なる、というのが編集部の整理です。

古典の誤り訂正と何が違うのか

古典のビットの誤り訂正で、最も単純な方法は、同じ情報を何個かコピーして多数決を取ることです。IBM のブログは、3つのトランジスターで0を000、1を111と表し、1つが誤っても多数決で直せる例を挙げています(IBM Quantum ブログ、2025年6月10日)。量子では、この方法をそのままは使えません。理由は2つあります。

  • コピーできない:前の節のとおり、量子の状態はそのままコピーできません(Q-portal)。
  • 見ると壊れる:誤りを見つけるために量子ビットを測定すると、重ね合わせが壊れます。

そこで量子の誤り訂正では、状態をコピーする代わりに、もつれを使って、必要な数より多くの量子ビットに情報を分散して符号化します(IBM)。IBM のブログによると、データを持つ量子ビットとは別に、誤りの兆候を調べる「シンドローム検査用」の量子ビットを置きます。データそのものを読まずに、誤りが起きたかどうかだけを調べ、起きていれば直します(IBM Quantum ブログ、2025年6月10日)。

物理量子ビットと論理量子ビット

誤り訂正のために、たくさんの物理的な量子ビットを束ねて、1つの「論理量子ビット」として扱います。論理量子ビットは、誤りを訂正しながら使える量子ビットです。公式の発表で、この関係が分かる例を並べます。

発表物理量子ビット論理量子ビット備考
IBM が示す符号の例(gross code)288個(データ144+検査144)12個表面符号と同程度の誤り訂正性能で、必要な量子ビット数は約10分の1(IBM、2025年6月10日)
Quantinuum「Helios」(2025年11月5日)98個48個(符号化率2対1)2量子ビットゲートの忠実度は平均99.921%(Quantinuum)
IBM「Starling」(2029年の目標)資料に記載なし200個1億個の量子ゲートからなる回路を実行する計画(IBM)
富士通・大阪大学「STAR アーキテクチャ」の試算6万個-現行コンピューターで約5年かかる物質のエネルギー推定計算を約10時間。従来は典型的に100万個が必要と言われていた(富士通・大阪大学、2024年8月28日)

Starling の物理量子ビットの数は、確かめた資料に書かれていませんでした。論理の数は目標、STAR の数は試算で、いずれも達成済みの成果ではありません。

「しきい値」を下回るということ

誤り訂正には、「しきい値」という考え方があります。個々の操作(ゲートや測定)の誤り率が、ある水準より低ければ、量子ビットを増やして符号を大きくするほど、論理量子ビットの誤りを減らせます。逆に、誤り率がその水準より高いと、増やすほど悪くなります(これは誤り訂正の標準的な理論で、編集部の説明です)。

Googleは2024年12月9日に、チップ「Willow」で、誤り訂正の格子を3×3、5×5、7×7と広げるたびに、誤り率が半分に減ったと発表しました。量子ビットを増やすほど誤りが指数関数的に減る状態で、同社はこれを「below threshold(しきい値を下回る)」と呼び、誤り訂正の重要な到達点としています(Google の発表)。同社は、次の課題として、実世界の応用につながる有用な計算を量子チップで実証することを挙げています。

残っている難しさ

誤り訂正でも、まだ多くの課題があります。確かめられた資料から、主なものを挙げます。

  • 符号化したまま計算すること:IBM のページは、新しい符号で10億個以上のゲートの回路を実行する道筋が示されたとしながら、符号化された情報への計算の実装にはまだ課題がある、と書いています。IBM のロードマップには、2028年に複数のモジュールで「魔法状態注入」を実証する計画があります。魔法状態は、誤り訂正をしたまま一部のゲートを実行するために使う特別な量子状態です(編集部の説明)。
  • 規模の壁:産総研の2022年の解説によると、誤り耐性のある汎用の量子コンピューターには、約100万個の物理量子ビットが必要と言われています。超伝導量子ビットは数ミリ角なので、100万個を2次元に並べると会議室ぐらいの大きさになり、そのような巨大な冷凍機は存在しません。ただし、これは2022年の見方で、のちに富士通・大阪大学が試算した6万個のような、より少ない規模の提案も出ています。
  • 暗号への影響の見積もり:クレイグ・ギドニー氏の論文(2025年5月21日)は、2048ビットのRSA暗号の素因数分解に必要な量子ビットを、2019年の見積もり(約2,000万個で8時間)から、100万個未満へと減らせると見積もりました。その代わり、計算時間は1週間未満と長くなります(arXiv:2505.15917)。必要な規模の見積もりは、アルゴリズムの改良で下がることがあります。

実用化の時期の見通しは、量子コンピューターはいつ実用化するかで、各社の目標を並べて扱います。

方式への橋渡し|同じ仕組みを、何で実現するか

ここまでの仕組み(量子ビット・重ね合わせ・もつれ・ゲート・測定・誤り訂正)は、方式が違っても共通です。違うのは、量子ビットの実体と、操作のしかたです。方式ごとの比べ方は、量子コンピューターの方式の違いで扱います。ここでは、仕組みの視点から、各方式の特徴を公式の説明で整理します。

方式操作のしかた公式の説明にある特徴と課題国内の動き(経済産業省 2026年7月8日の資料)
超伝導マイクロ波などの電気信号(IBM)極低温が必要。配線の熱流入や集積度の頭打ちが課題(産総研 2022年)理研・富士通が64量子ビットと256量子ビットを開発。産総研 G-QuAT の共用施設 Qufab が量子回路を試作
イオントラップレーザー光(Q-portal)状態を保てる時間が長く高精度。動作は遅め(IBM)OIST 発のスタートアップが、イオントラップ技術と光での量子接続を組み合わせた分散型の量子計算を研究開発
中性原子光ピンセットとレーザー(Q-portal)大きな冷凍機は要らない(産総研)。原子そのものはレーザーでほぼ絶対零度まで冷やす(Q-portal)京都大学・分子科学研究所発のスタートアップが、2027年度中にイッテルビウム原子を用いた FTQC 試作機の開発を目指す
光光学素子と測定(産総研)常温動作が可能で、通信ネットワークとの親和性が高い。誤り訂正の実現が最大の課題の1つ(産総研 2026年)OptQC と NTT が、2030年の100万物理量子ビット機の実現に向けて共同で研究開発
シリコン(半導体)半導体の中に閉じ込めた電子を操作(IBM)既存の半導体技術との互換性が期待される(IBM)2030年度の1,000物理量子ビット機の実現に向けた研究開発開始を発表。理研、imec、Intel と連携
量子アニーリング組合せ最適化問題の専用機(産総研)専用機なので、汎用のゲート方式とは分けて読む(編集部)NEC と産総研が共同研究(産総研の説明)

出典: 経済産業省、IBM、産総研 2022年、産総研 2026年、Q-portal。「操作のしかた」の列は各出典の説明の要約で、一部は編集部の整理です。

産総研の川畑氏は、研究開発競争をマラソンにたとえています。2022年の時点では、スタートから5キロ程度のところにいて、超伝導方式が先頭を走っているが、ゴールまで約37キロが残っている。後方集団の光方式やシリコン方式が後半で先頭に出るかもしれず、いつどの方式が最初にゴールするかは誰にも分からない、という説明です。2022年の見方ですが、方式の優劣が定まっていないという点は、いまの経済産業省の資料も共通です。資料は、国産機の技術評価・審査を通じて、段階的に方式を絞り込むことも含める、と書いています。

仕組みに関わる仕事|どの職種が、仕組みのどこを担うか

ここまでの仕組みは、いろいろな職種の人が分担して作っています。当サイトでは、2026年11月5日時点で16社・機関の公式の採用ページから118件の求人を取得しています。そのうち、量子ハードウェア・装置が23件、量子ソフト・アルゴリズム開発が11件、研究職が42件です。この数は当サイトの掲載中の求人の集計であり、業界全体の割合ではありません。

仕組みの段階ごとに、担う仕事と募集の実例を並べます。実例は、掲載中のものだけを出しています。

量子ビットを作る・保つ(装置、光学、極低温)

量子ビットの実体を作り、壊れないように保つ仕事です。レーザーと光学系、真空装置、極低温の冷凍機、クリーンルームでの微細加工などが関わります。当サイトの職種では、主に「量子ハードウェア・装置」に入ります。

ゲートを実行し、測る(制御装置、FPGA、制御ソフト)

量子ビットを操作する信号を作り、結果を読み取る仕事です。量子ビットの数が増えるほど、信号の数も増えるため、制御装置の設計が重要になります。FPGA や信号処理の経験が、量子の外から入る入り口になる分野です。

回路をハードの操作に翻訳する(コンパイラ)

アルゴリズムの量子回路を、実機が実行できる操作の順番に変える仕事です。古典コンピューターのコンパイラに近い仕事で、ソフトウェアの経験が生きる分野です。

誤り訂正を設計する(理論、アーキテクチャ)

どの符号で、どのように誤りを訂正しながら計算するかを設計する仕事です。理論研究に近く、博士号や論文実績を条件にする募集が多い分野です。

アルゴリズムと応用を作る

量子コンピューターで何をどう解くかを考え、ソフトウェアにする仕事です。化学、材料、最適化など、応用分野の知識を持つ人が加わる分野でもあります。

職種ごとの求人は、量子ハードウェア・装置、量子ソフト・アルゴリズム開発、研究職の一覧で見られます。会社と研究機関は量子コンピューターの会社と研究機関、仕事全体は量子コンピューターの仕事と職種にまとめています。技術の学び方は未経験から量子の仕事へで扱います。

出典

すべて2026年11月3日に開いて確かめました。数字は各社・各機関が公表したもので、当サイトが測定したものではありません。将来の時期や規模は目標・試算で、確定した予定ではありません。

確かめられなかったこと: 繰り返しの回数や1回あたりの時間の一律の数字、IBM Starling の物理量子ビット数は、確かめた資料に書かれていませんでした。「アダマールゲートを2回かける」例の2回目の結果と「しきい値」の説明は標準的な説明で、編集部が補ったものです(本文にも明記)。「古典の誤り訂正は多数決」の例は IBM のブログにもあります。