量子コンピューターはいつ実用化する?「実用化」の意味を4つに分けて答えます
「実用化はいつか」に1つの年で答える資料は、国にも各社にもありません。「実用化」という言葉が、次の4つの別のことを指して使われているからです。まず、何の話かを分けます。
| 段階 | 何が起きたことになるか | 2026年11月3日に確かめられた状況 |
|---|---|---|
| 1. 古典コンピューターを超える計算ができた(量子優位性) | 特定の計算で、従来のコンピューターより速い、または安いと示せた | IBM とアルゴリズミックが2026年7月30日に「量子優位性の実証」を発表。ただし両社自身が、今後も検証が続く過程だと述べている |
| 2. 役に立つ計算が一部でできる(early FTQC) | 誤り訂正を一部使い、材料の計算などで実用的な計算ができる | 国の資料は国産機の導入を2028年頃以降と想定。富士通はこの段階を「物理量子ビットが数千から数万程度」と説明 |
| 3. 誤り耐性型(FTQC)ができた | 計算中の誤りを訂正し続けながら、大きな計算ができる | 各社の目標は2028年から2030年ごろに集まる(QuEra 2028年、IBM・Quantinuum 2029年、IonQ 2030年)。国の資料は国産機を2031年頃以降と想定。実機の発表は、確かめた範囲では見つからない |
| 4. 暗号を破れる、社会で当たり前に使う | いまの公開鍵暗号を現実的な時間で解く、など | 内閣官房の資料は、解読に100万物理量子ビット以上が必要としている。時期は予測が割れている(後の節) |
出典: 富士通(2025年8月1日)、IBM(2026年7月30日)、経済産業省(2026年7月8日)、内閣官房(2025年11月)。段階の分け方は編集部のものです。
この記事は、国の文書と各社の公式の発表だけで書いています。報道で知った目標は、会社の公式ページで確かめられたものだけを載せました。
国の資料が置いている時期は「2028年頃」と「2031年頃」
経済産業省は2026年7月8日の審議会の資料「量子コンピュータ政策の今後の方向性」で、early FTQC 機を2028年頃以降、FTQC 機を2031年頃以降に、産総研 G-QuAT(ジークアット)などの量子拠点へ導入することを見据えて、国産機の開発を進める流れ図を示しました。方式は段階的に絞り込み、技術評価・審査をすると書かれています。
文部科学省の2026年1月22日の資料(量子技術に関する政策動向について)の課題認識には、「2030年中庸をめどにFTQCの実現が予測される」という記述があります(原文の表記のまま。「中庸」が2030年ちょうどか2030年代の中ごろかは資料からは読み取れないため、この記事では年を言い換えません)。
これは「国が買う、または導入する時期の見通し」であって、一般の会社や個人がすぐに使える時期の約束ではありません。
「実用化」のニュースを読む5つの確かめ方
- 目標か、実績か。「2029年までに提供予定」は目標です。実機で測った数字とは別に読みます。
- 物理量子ビットか、論理量子ビットか。論理量子ビット1個に物理量子ビットを数個から数十個使うため、同じ「量子ビット」でも数の意味がまったく違います(次の節)。
- 発表の日付。会社の目標は動きます(後の表に例があります)。
- 誰が確かめたか。会社の自己申告か、第三者の検証か。IBM の2026年7月の発表も、コミュニティによる検証の継続を前提にしています。
- 何の計算ができるか。「古典コンピューターを超えた」計算が、役に立つ計算とは限りません。
NISQ と誤り耐性(FTQC)は何が違うのか
NISQ(ニスク)は Noisy Intermediate-Scale Quantum の略で、「ノイズのある中規模の量子コンピューター」という意味です。物理学者のジョン・プレスキルが2018年の論文「Quantum Computing in the NISQ era and beyond」で使った言葉です。論文は、量子ビットが50から100程度の機械が近い将来に使えるようになると述べる一方で、量子ゲートのノイズのせいで、信頼して実行できる回路の大きさが限られると書いています。
FTQC(Fault-Tolerant Quantum Computer)は「誤り耐性型量子コンピューター」で、計算中に起きる誤りを訂正しながら、大規模で長い計算ができる機械です。内閣官房の資料も、いまの量子コンピューターは NISQ の段階にあり、国内外の会社が FTQC の実現に向けて開発を急いでいると説明しています。
| NISQ | early FTQC | FTQC | |
|---|---|---|---|
| 誤りの扱い | 誤りを減らす工夫はするが、訂正し続けない | 誤り訂正を一部使う | 誤りを訂正し続ける |
| 規模の目安 | プレスキルは50から100程度と述べた。いまの機械の例は、IBM の Heron が156、Google の Willow が105、Quantinuum の Helios が98(物理量子ビット) | 物理量子ビットで数千から数万(富士通の説明) | 実用レベルの計算に、FTQC で100万物理量子ビットが必要とされる(富士通)。いまの公開鍵暗号の解読にも100万物理量子ビット以上が必要とされる(内閣官房) |
| いつ | いま | 国の資料で2028年頃以降 | 各社の目標で2028年から2030年ごろ、国の資料で2031年頃以降 |
出典: Preskill(2018年1月)、富士通(2025年8月1日)、内閣官房(2025年11月)。同じ「FTQC」でも、会社によって規模の意味が違うことがあります。
物理量子ビットと論理量子ビットは何が違うのか
物理量子ビットは、機械の中に実際にある量子ビットです。論理量子ビットは、誤りを訂正するために、複数の物理量子ビットをまとめて1個として扱うものです(富士通の注釈による説明)。論理量子ビットは数が少なくても、誤りに強い点が違います。
各社の公表した目標の数字を割ると、論理1個にどれだけの物理が要るかの目安が出ます。編集部の計算です。
| 公表された数字 | 物理 ÷ 論理 | 出典・発表日 |
|---|---|---|
| 富士通: 2030年度に1万物理量子ビット超、250論理量子ビット | 約40 | 2025年8月1日 |
| QuEra: 2028年に10,000超の物理、256の論理(Libra) | 約39 | 公式のロードマップ(確認日 11月3日) |
| IonQ: 2030年に200万の物理、8万の論理 | 約25 | 公式のロードマップ(確認日 11月3日) |
| Quantinuum: Helios は98の物理で、誤り訂正つきの48の論理を実証 | 約2 | 2025年11月5日 |
この割り算は、会社の優劣を示すものではありません。方式や誤り訂正の符号(訂正のやり方)が違えば、比も違います。また、Quantinuum の例は小さな符号での実証で、目標の機械(Apollo)の比とは別のものです。同社の2026年10月19日の発表では、同じ Helios で、論理1個あたりの物理が Helix 符号で10個、誤りがより少ないカラー符号で最大37個でした。同じ機械でも、符号しだいで比が変わる例です。目標の数字を見るときは、「物理」なのか「論理」なのかを必ず確かめてください。
各社の公表した目標は?発表日つきの表
各社の公式の発表やロードマップのページに書かれた目標を、日付つきで並べます。どれも発表時点の目標で、変わることがあります。並びに意味はありません(ランキングではありません)。日付の欄が「ページに日付なし」のものは、公式のロードマップのページに更新日の表示が無く、確認日の2026年11月3日に表示されていた内容を載せたものです。
| 会社・機関 | 公表された目標 | 発表日(出典) |
|---|---|---|
| IBM | 2029年に誤り耐性型「Starling」(200論理量子ビット、1億回の演算)を米国ニューヨーク州に設置。2033年以降に「Blue Jay」(2,000論理量子ビット、10億回の演算)。途中に Kookaburra(2026年)、Cockatoo(2027年)。2026年に「量子優位性の最初の例」を目標に掲げている | 2025-06-10。ロードマップのページは日付なし。進捗は2026-08-19(極低温の2モジュールを接続。Starling は2029年に提供予定と記載) |
| Google Quantum AI | マイルストーン(節目)を順に進める道筋。第1(2019年)と第2(2023年)を終え、2024年の Willow(105量子ビット)でしきい値以下の誤り訂正を示して第3に向けて前進。次の目標は「長寿命の論理量子ビット」。最終の目標の年は、確かめた公式の記事には書かれていない | 2025-10-22、2024-12-09、ロードマップのページは日付なし |
| Quantinuum | 2029年までに、誤り耐性の汎用機「Apollo」を提供する予定。2027年に「Sol」。Helios では論理忠実度99.9995%を達成(誤りが100万回の操作で5回の水準)と発表 | 2026-08-11、2026-10-19 |
| 富士通・理化学研究所 | 2026年度に1,000量子ビット。2030年度に1万物理量子ビット超・250論理量子ビット。2035年度に1,000論理量子ビット。「STAR アーキテクチャ」で、6万量子ビットで物質のエネルギー推定を約10時間で実行できる、という試算も公表 | 2025-08-01。経産省の資料(2026-07-08)は「2026年内に量子棟で1,000物理量子ビット機を構築予定」と記載 |
| QuEra | 2028年に「Libra」(256論理量子ビット、10,000超の物理量子ビット)。2028年から2029年に「Next Gen」(1,000超の論理量子ビット) | ロードマップのページは日付なし |
| IonQ | 2027年に800論理量子ビット、2030年に200万物理量子ビット・8万論理量子ビット | ロードマップのページは日付なし |
| Yaqumo | 2027年度中に、イッテルビウム原子を使った誤り耐性型の試作機を開発。2027年度を目処に、誤り訂正機能を持つ数百量子ビット超の実機開発 | 2025-08-22、2026-09-09 |
確認日: 2026年11月3日。経産省の資料は、ほかにも各社の開発目標を一覧にしています(2026年7月8日)。会社の公式ページで確かめられた分だけを、上の表に載せました。
目標は実際に動いている|発表日を確かめる理由
- Quantinuumは、2024年9月10日の発表の見出しで、完全な誤り耐性の汎用機を2030年までと述べていました。2025年6月26日の公式ブログと2026年の発表では、Apollo を2029年までに提供する、という書き方に変わっています。ブログは、残っていた大きな壁を越えたことを理由に挙げています。同社の2026年10月19日の発表には、Apollo を含むロードマップを予定どおり、またはまったく達成できない可能性がある、という注意書きもあります。
- QuEraは、2024年1月9日の発表で、2026年に100論理量子ビット・10,000超の物理量子ビットの第3世代の機械を目標にしていました(発表)。2026年11月3日に確認した現在のロードマップでは、10,000超の物理の機械は2028年提供予定の Libra(256論理)になっています。
早まる目標も、後ろにずれる目標もあります。どちらの場合も、記事や動画が引いた時点の古い数字が残りやすいので、必ず公式の最新のページと日付を確かめてください。
第三者による検証|米国 DARPA の QBI
会社の目標とは別に、米国の国防高等研究計画局(DARPA)は「Quantum Benchmarking Initiative(QBI)」で、2033年までに産業的に有用な量子コンピューターを作れるかを、会社の自己申告に頼らず第三者として検証しています。公式ページによれば、DARPA は少なくとも1社が2033年までに作れる可能性を「五分以上」と見積もっています。2026年10月8日時点のページには、ステージ A(構想)に Google Quantum AI など2社、ステージ B(研究開発計画とプロトタイプ)に Quantinuum・QuEra など7社、ステージ C(設計どおりに作れて動くかを政府と検証)に IBM・IonQ・Atom Computing・Diraq・Microsoft・PsiQuantum の6社が載っています(DARPA)。QBI は会社どうしの競争ではないとページに書かれており、ステージは順位や合格を示すものではありません。また、ある段階を終えた会社は、次の段階の契約が結ばれるまで一覧に載らない、とも書かれています。
量子コンピューターの求人をチェック
求人一覧を見る日本の目標とロードマップは?国の戦略と見直しの予定
日本の量子の国家戦略は、2020年から段階的に作られてきました。文部科学省の2026年1月22日の資料の年表で並べます。
| 時期 | 文書 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 2020年1月 | 量子技術イノベーション戦略 | 研究開発の戦略。2022年4月に技術ロードマップを改訂 |
| 2022年4月 | 量子未来社会ビジョン | 2030年の目標を定めた |
| 2023年4月 | 量子未来産業創出戦略 | 実用化・産業化の戦略 |
| 2024年4月 | 量子産業の創出・発展に向けた推進方策 | 3つの戦略を補完。国際連携を強化 |
| 2025年5月 | 量子エコシステム構築に向けた推進方策 | 3つの戦略を補完。人・場所・お金で、自然に育つ仕組みを目指す |
| 2025年11月 | 日本成長戦略で「量子」を戦略分野の1つに | 投資の促進、国際展開、人材育成などの支援 |
出典: 文部科学省「量子技術に関する政策動向について」(2026年1月22日、第35回量子科学技術委員会 資料5)、内閣府の量子技術のページ(確認日 2026年11月3日。最新の文書は2025年5月30日の推進方策)。
「2030年の目標」は、機械の性能の目標ではない
国の量子の目標としてよく出るのは、量子未来社会ビジョンが定めた2030年の3つの目標です。量子未来産業創出戦略の概要(内閣府、2023年4月14日)に次のように書かれています。
- 国内の量子技術の利用者を1,000万人に
- 量子技術による生産額を50兆円規模に
- 未来市場を切り拓く量子ユニコーン企業(評価額が10億ドルを超える未上場の会社)を創出
どれも利用や産業の大きさの目標で、「誤り耐性型を何年に作る」という機械の目標ではありません。50兆円は生産額ベースで、文科省の資料によると、2030年の量子技術による国内の付加価値額は約1.2兆円と予測され、海外で獲得する分を足した総額は1.3兆円が想定されています。数字の意味が違うので、並べて読まないでください。
令和8年度に、国の戦略は統合・見直しの予定
国の戦略は見直しの途中です
文部科学省の2026年1月22日の資料は、「令和8年度にこれらの戦略の統合及び抜本的な見直しを実施予定」と書いています。令和8年度は2026年4月から2027年3月です。2026年11月3日に確かめた内閣府の量子技術のページには、見直し後の新しい戦略は載っていません。この記事の2030年目標や拠点の話は、見直しで変わる可能性があります。
対象は、3つの戦略(量子技術イノベーション戦略、量子未来社会ビジョン、量子未来産業創出戦略)です。見直しの中身は、確かめた範囲の資料には書かれていませんでした。
関連して動いているものがあります。経産省の2026年7月8日の資料は、令和8年6月24日の日本成長戦略会議の資料(案)を引いて、量子コンピューティングの官民投資を2040年度までに約10.3兆円規模と想定していると載せています。また、量子コンピュータのチップ工場(産総研 Qufab)の運営体制について、必要な体制構築と制度的な対応を「2026年末までに検討・判断」するとしています。記事を更新するときは、内閣府と経産省のページを確かめ直します。
ムーンショット目標6は「2050年」と「2030年」の二段構え
内閣府のムーンショット目標6は、題名に「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」と掲げています。ターゲット(具体的な目標)は、2050年頃までに大規模化を達成して誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現し、2030年までに小規模または部分的な誤り耐性を持つ量子コンピュータを実現する、という二段構えです(内閣府、確認日 2026年11月3日)。大規模化した汎用機の目標は2050年頃で、各社の2028年から2030年の目標よりずっと先に置かれています。
国はいくら投資しているのか|予算と、予算が示すこと
| 項目 | 金額 | 出典 |
|---|---|---|
| 文部科学省の量子技術の予算(基金を含む) | 令和8年度予算案 約326億円、令和7年度 約284億円、令和7年度補正 約62億円 | 文科省 2026年1月22日。量子だけを切り出せない予算は含まれていない |
| 経産省「量子コンピュータの産業化に向けた開発の加速及び環境整備」 | 令和7年度 1,004億円、令和6年度 1,009億円(資料のロジックモデルの「R07予算」「R06予算」の表記。資料の本文では、令和6年度補正・令和7年度補正の事業として扱われている) | 経産省 2026年3月31日 |
| ムーンショット目標6(基金) | 1,522億円の内数(令和5年度補正) | 文科省 2026年1月22日 |
| 官民の投資の想定(量子コンピューティング) | 2040年度までに約10.3兆円規模(案) | 経産省 2026年7月8日が引く、令和8年6月24日の日本成長戦略会議の資料 |
金額は各資料の表記のままです。複数の事業・年度の金額を足し合わせた合計は、出典に書かれていないため出していません。
海外との比較(経産省の資料の換算)
経産省の2026年7月8日の資料は、海外の動きを次のように整理しています(円換算は資料の為替によるものです)。中国は2025年までの累計の政府投資が約2.3兆円規模(日本の約5倍、米国の約2倍と資料に記載)、英国は2033年までに世界をリードする目標で10年に25億ポンド(約5,000億円)の公的投資、韓国は2035年までに官民で3兆ウォン(約3,000億円)超の投資です。国ごとに、何を数えるかが違うので、単純に並べて優劣を言うことはできません。
予算の目標値が示す、国の見方
経産省の効果検証シナリオ(2026年3月31日)には、この事業の自己評価の目標値が載っています。技術開発が当初の計画どおり、またはそれ以上に進んでいる課題の割合は、短期(令和6年度補正は2025年度末、令和7年度補正は2026年度末)で50%、中期(それぞれ2027年度末・2028年度末)で目標を達成したテーマの割合が70%です。国の事業でも、すべての課題が予定どおり進むことは前提にしていません。技術の目標は、挑戦的に置かれていると読むのが自然です(編集部の読み方です)。
量子コンピューターで暗号が破られるのはいつ?耐量子計算機暗号(PQC)への移行
暗号の話は、実用化の時期と、少し違う理由で急がれています。先に結論です。いまの量子コンピューターは、インターネットの暗号を破れません。一方で、破れる機械が完成する前から、暗号の入れ替えが始まっています。
内閣官房の資料は、インターネットなどで使われている公開鍵暗号を現実的な時間で解くには、FTQC の実現を前提に100万物理量子ビット以上の量子コンピューターが必要とされている、と書いています(政府機関等における耐量子計算機暗号(PQC)への移行について(中間とりまとめ)、2025年11月)。いま公表されている機械の規模は、IBM の Heron は156物理量子ビット(IBM)など、100万より桁違いに小さい数です。
破られる時期の予測は、研究によって大きく割れている
同じ内閣官房の資料は、予測が割れていることをそのまま書いています。2039年より前に RSA-2048(鍵の長さが2048ビットの RSA 暗号)を解読できる量子コンピューターが実現する可能性は5%未満と推定する研究がある一方、2024年の時点で15年以内に実現する可能性が39%から62%程度という分析もあります。資料の結論は、開発時期を正確に予測することは困難で、暗号が危うくなる時期を現時点で予測するのも難しい、というものです。
必要な機械の規模の見積もりも、小さくなる方向に動いてきました。グーグルの研究者クレイグ・ガイドニーは2025年5月21日の論文で、RSA-2048 を100万個未満の「ノイズのある量子ビット」で1週間未満に因数分解できると見積もりました(arXiv:2505.15917)。2019年にガイドニーが共著(ガイドニーとエケロ)で出した見積もりは、2,000万量子ビットで8時間でした。ただし、これは誤り率0.1%などの前提をおいた計算上の見積もりで、その機械ができたという意味ではありません。
それでも急ぐ理由は「いま盗んで、あとで解く」
NIST(米国標準技術研究所)の報告書は、暗号を破れる量子コンピューターがまだ無くても切迫した脅威がある理由を、「harvest now, decrypt later」と説明しています。暗号化されたデータを今のうちに集めておき、量子技術が成熟したら解読する、という攻撃です。長い間価値が残るデータは、移行を早く始める必要があるとされています。標準化から実際のシステムへの組み込みまでが、過去には10年から20年かかったことも理由に挙げられています(NIST IR 8547、2026年10月)。
公的機関が決めている移行の期限
| 国・機関 | 期限・決まり | 日付・出典 |
|---|---|---|
| NIST(米国) | 量子に弱い公開鍵暗号(RSA、ECDSA など)は2030年より後は非推奨、2035年より後は NIST の標準で使用不可とする。ML-KEM(FIPS 203)などの新しい標準は2024年8月に公開 | NIST IR 8547(2026年10月)、FIPS 203(2024年8月13日) |
| 米国の連邦政府 | 機密性が特に高いシステム(高価値資産や、影響度が「高」のシステムなど)は、鍵の確立を2030年12月31日まで、デジタル署名を2031年12月31日までに移行(大統領令14412など)。連邦政府全体の完了の目標は2035年 | NIST IR 8547、NIST(2026年10月27日) |
| 日本の政府機関等 | 原則として2035年までの移行を目指す。2026年度に工程表(ロードマップ)を作る。情報の重要性しだいで、早く移行する場合もある | 内閣官房の中間とりまとめ(2025年11月) |
日本の工程表は、確認日(2026年11月3日)時点で、内閣官房の連絡会議のページに載っていませんでした。2026年3月30日の幹事会(第5回)の議事要旨には、2026年度中の策定に向けて議論する、とあります。同じ会合で、PQC に対応した CRYPTREC 暗号リストの改定内容も説明されています。
中間とりまとめは、移行の準備として、使っている暗号の一覧を作る(クリプト・インベントリ)ことや、暗号の部分を素早く切り替えられるシステムにすること(クリプト・アジリティ)を挙げています。政府機関等に限らず、重要インフラや民間事業者の課題でもあるとも書かれています。
仕事への影響は?公表された目標と、いま募集している職種を並べる
各社と国の目標が2027年から2031年に集まっているので、機械の研究開発が今後数年の仕事の中心になる、という見方はできます(編集部の見方で、言い切れるものではありません)。国の資料は、基礎研究から製品化まで量子コンピューターに関わる人材が世界的に不足していると書いて、大学と国の研究拠点が連携する人材育成を進める方針を示しています(経産省 2026年7月8日)。「何人必要になる」という公式の人数の見通しは、確かめた範囲では見つかりませんでした。そのため人数の予想は書きません。
2026年11月5日時点で、当サイトに掲載している求人は16社・機関の118件です。業界全体の数ではなく、公式の採用ページから集めた範囲の数です。会社が公表している目標と、掲載中の求人を並べます。
| 会社・機関 | 会社が公表している目標(発表日) | 掲載中の求人 | 職種の内訳 |
|---|---|---|---|
| Yaqumo | 2027年度中に、イッテルビウム原子を使った誤り耐性型(FTQC)の試作機を開発する計画(2025年8月22日)。2027年度を目処に、誤り訂正機能を持つ数百量子ビット超の実機開発を目指す(2026年9月9日) | 14件 | 量子ハードウェア・装置 5件、事業開発・営業・PM 4件、コーポレート 4件、量子ソフト・アルゴリズム開発 1件 |
| Quantinuum | 2029年までに誤り耐性の汎用機「Apollo」を提供する予定。2027年に「Sol」の投入を進めている(2026年8月11日)。日本の求人は東京・和光の募集だけを掲載 | 5件 | 事業開発・営業・PM 3件、量子ハードウェア・装置 1件、オープンポジション(随時応募) 1件 |
| 理化学研究所 量子コンピュータ研究センター | 富士通との連携センターで超伝導量子コンピュータを開発。富士通は2026年度に1,000量子ビット、2030年度に1万物理量子ビット超を目指す(2025年8月1日) | 11件(うち研究機関の公募 11件) | 研究職(理論・基礎・研究開発) 7件、量子ハードウェア・装置 4件 |
| 産業技術総合研究所 G-QuAT | 経産省の資料(2026年7月8日)で、国産機を導入する拠点(G-QuAT など)に位置づけられている | 3件(うち研究機関の公募 3件) | コーポレート 2件、量子ハードウェア・装置 1件 |
| IBM・Google・富士通・QuEra・IonQ | 上の「各社の公表した目標」の表のとおり | 当サイトでは掲載していません | 各社の採用ページで確かめてください |
2026年11月5日時点で量子ジョブに掲載中の求人の集計(各社の公式の採用ページから取得)。業界全体の統計ではありません。
職種の中身は量子コンピューターの仕事と職種にまとめています。
募集要項の語で数える|誤り訂正・制御・アルゴリズム
誤り耐性型の実現に必要な技術が、募集にどのくらい出ているかを、語で数えました。「題名に語がある」は、その仕事の中心がその技術の求人です。「本文に語がある」は、業務や要件のどこかに語が出る求人で、仕事の中心とは限りません。
| 語 | 題名に語がある求人 | 本文に語がある求人 | 本文に語がある会社・機関 | 題名に語がある求人の例 |
|---|---|---|---|---|
| 誤り訂正・誤り耐性・FTQC | 3件 | 13件 | 7社・機関 | Software Engineer/ソフトウェア・エンジニア、誤り耐…(QunaSys) Researcher (Theoretical/QEC)(Qubitcore) |
| 制御(制御装置・制御ソフト・FPGA) | 2件 | 14件 | 6社・機関 | 【制御系ソフトウェアエンジニア(物理回路コンパイラ…(Yaqumo) Software Engineer (Quantum Control Systems)(Qubitcore) |
| アルゴリズム | 4件 | 19件 | 7社・機関 | Algorithm Partnerships Lead(量子アルゴリズム領域の…(Yaqumo) Quantum Algorithm Researcher / 量子アルゴリズムリサ…(Jij) |
| 極低温・希釈冷凍機 | 0件 | 6件 | 6社・機関 | 該当なし |
2026年11月5日時点で量子ジョブに掲載中の求人の集計(各社の公式の採用ページから取得)。業界全体の統計ではありません。
誤り訂正・誤り耐性・FTQC の語は、題名に3件、本文に13件あり、7社・機関の求人に出ています。件数が少ないので、「この分野の募集が増えている」「減っている」とは言えません。当サイトは掲載件数の記録を残しており、変化は今後ここから確かめていきます。
この数え方の限界
語を機械的に数えた目安です。1件の求人が複数の行に入ります。会社が募集要項に書いた語だけが対象で、実際の業務や採用の人数はこの表から分かりません。研究機関の公募とインターンも含みます。
会社の目標とつながる求人の例
目標の語が題名に出ている、いまの求人の例です。掲載を終えた求人は、この欄から自動で消えます。
| 求人 | 求められていること(募集要項より) | つながる目標 |
|---|---|---|
| Software Engineer/ソフトウェア・エンジニア、誤り耐性量子計算(FTQC)アーキテクチャ(QunaSys・年収600万円〜1,000万円) | 量子誤り訂正を含めた量子計算の研究経験、Python によるソフトウェア開発、論文のアルゴリズムをソフトウェアにする力 | 誤り耐性型の計算のソフトウェア側の準備 |
| Researcher (Theoretical/QEC)(Qubitcore・沖縄県(OIST との連携)) | 専門領域は、量子誤り訂正、耐誤り量子計算、量子情報理論 | 誤り訂正の理論 |
| Research Scientist (Theory, FTQC/Quantum Information)(Nanofiber Quantum Technologies・東京都新宿区(早稲田)) | 博士号と、誤り耐性量子計算・量子暗号・量子通信・量子アルゴリズムのいずれかの理論研究の実績。日本語は必須でない | 誤り耐性型の理論 |
| 【制御系ソフトウェアエンジニア(物理回路コンパイラ) 】革新的な量子コンピュータの開発|京都大学発ディープテック(Yaqumo・京都府京都市左京区・想定年収600万円〜1,500万円) | コンパイラ・DSL 設計の実務経験3年以上、リアルタイム向けのスケジューリングやシーケンス生成の実装、Python での大規模開発 | Yaqumo の2027年度の試作機の制御系 |
| Software Engineer (Quantum Control Systems)(Qubitcore・沖縄県(OIST との連携)) | 専門領域は、ハードウェアと統合する制御ソフトウェア、FPGA・RFSoC | 機械の大規模化に必要な制御 |
求人の詳しい探し方は研究職、量子ハードウェア・装置、量子ソフト・アルゴリズム開発の一覧にまとめています。経産省の資料は、ケーブル、制御装置、希釈冷凍機などの部素材も、国産機の鍵として挙げています。 この領域の会社としてQuEL(制御装置・ミドルウェア)の求人も掲載しています。
暗号の移行に関わる量子セキュリティの求人として、NEC の「リサーチエンジニア(量子セキュリティ領域)」を掲載しています。会社の募集要項では、量子鍵配布と耐量子暗号を組み合わせた鍵管理基盤の社会実装を扱うと説明されています。
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出典
この記事で使った一次資料です。確認日はいずれも2026年11月3日です。公式のロードマップのページには更新日の表示がないものがあり、確認日に表示されていた内容を使っています。会社の目標は発表時点のもので、変わることがあります。
- 国:経済産業省「量子コンピュータ政策の今後の方向性」(2026年7月8日、産業構造審議会 イノベーション小委員会 第14回 資料4-2)/経済産業省「量子コンピュータの産業化に向けた開発の加速及び環境整備事業 効果検証シナリオ(第2版)」(2026年3月31日)/文部科学省「量子技術に関する政策動向について」(2026年1月22日)/内閣府「量子未来産業創出戦略(概要)」(2023年4月14日)/内閣府「量子技術イノベーション」のページ/内閣府「ムーンショット目標6」
- 暗号:内閣官房「政府機関等における耐量子計算機暗号(PQC)への移行について(中間とりまとめ)」(2025年11月)/内閣官房 連絡会議のページ(第5回幹事会 2026年3月30日の議事要旨を含む)/NIST IR 8547(2026年10月)/NIST(2026年10月27日)/NIST FIPS 203(2024年8月13日)/Gidney, arXiv:2505.15917(2025年5月21日)/Preskill, arXiv:1801.00862(2018年)
- IBM:2025年6月10日/ロードマップ/2026年7月30日/2026年8月19日
- Google Quantum AI:Willow(2024年12月9日)/2025年10月22日/ロードマップ
- Quantinuum:2024年9月10日/2026年10月19日/2025年6月26日/2025年11月5日/2026年8月11日
- その他の会社:富士通(2025年8月1日)/富士通 量子コンピュータのページ/QuEra ロードマップ/QuEra(2024年1月9日)/IonQ ロードマップ/Yaqumo(2025年8月22日)/Yaqumo(2026年9月9日)
- 海外の公的な検証:DARPA Quantum Benchmarking Initiative
確かめられず、書かなかったこと: Google が最終の目標に置く年(確かめた公式の記事に無し)、日本の戦略の見直しの中身(資料に無し)、経産省の資料に載る他社の目標の、会社の公式ページでの確認、IBM の Kookaburra(2026年)の実証の完了(確認日時点で発表を確かめられず)、人材の需要の人数(公式の見通しを確かめられず)。



