量子コンピューターとは|ひとことで言うと

量子コンピューターとは、原子や電子、光の粒(光子)など「量子」と呼ばれる極めて小さなものの性質を使って、計算をするコンピューターです。産業技術総合研究所(産総研)の解説は、「物質を構成する原子や電子などの『量子』の持つ性質を利用して情報処理を行うコンピュータ」と説明しています(産総研マガジン「量子コンピュータとは?」、2022年5月18日)。

この記事で先に知っておくこと

量子コンピューターは、いまのパソコンを何万倍も速くしたものではありません。「得意な問題が決まっている、別の種類の計算機」です。得意な問題では、従来のコンピューターよりずっと少ない手順で答えに届く可能性があります。ただし、2026年11月3日に確かめた範囲では、Google や IBM が研究用の課題で「量子優位性」を発表した例はあるものの、仕事や生活に役立つ問題で従来のコンピューターを上回ったと発表元が示した例はありません。この点は「いまの到達点」の節で詳しく書きます。

国の資料や研究機関は、この技術を「量子技術」の一部として扱っています。量子技術は大きく、計算をする量子コンピューター、安全に情報を送る量子通信、小さな変化を測る量子センサーの3つに分かれます(産総研マガジン「量子センシングとは?」、2026年7月15日)。この記事は、そのうち量子コンピューターを扱います。

そもそも「量子」とは何か

身の回りのものを細かく見ていくと、髪の毛の太さの10万分の1ぐらいの大きさの原子からできています。原子は、さらに原子核とそのまわりの電子からできています。こうした極小の世界では、ふだんは隠れて見えない物理法則の「量子力学」が顔を出します。量子力学にしたがい、1つ2つと数えられるかたまりを「量子」と呼びます(理研 Q-portal「量子と量子技術」)。この特設サイトは文部科学省が制作したもので、理化学研究所(理研)の Q-portal で読めます。

量子の世界には、「とびとびの値しか取れない」という特徴があります。Q-portal はみかんのたとえで説明しています。水なら400gでも272gでも量れますが、1個100gのみかんが5個入ったかごでは、272gにはできません。重さがとびとびだからです。エネルギーなどの量がこのように1個、2個と数えられることを「量子化」といい、量子力学の名前のもとになった考え方です(Q-portal「量子って何?」)。

量子力学は、1800年代後半から1900年代前半に多くの物理学者が議論して見つけた法則です。2025年は、その誕生から100周年とされています。

計算に使われる3つの性質

量子コンピューターの計算は、主に次の3つの性質に支えられています。IBM の日本語の解説では「重ね合わせ」「もつれ」「干渉」と、その壊れやすさ(デコヒーレンス)が挙げられています(IBM「量子コンピューティングとは」、2026年10月15日更新)。ここでは名前だけ紹介します。しくみは量子コンピューターの仕組みで、順を追って説明しています。

  • 重ね合わせ:量子ビット(量子コンピューターの情報の単位)が、0と1の両方の可能性を併せ持つ状態になれること。
  • もつれ(量子もつれ):複数の量子ビットの状態が、ふつうの物理(古典力学)では説明できない強さで結びついて相関すること(産総研マガジン「2022年ノーベル物理学賞『量子もつれ』とは」、2023年3月8日)。
  • 干渉:波のように強め合ったり打ち消し合ったりして、正しい答えの確率を高め、誤った答えの確率を下げること。

3つとも、日常の感覚とは合いません。そのため、たとえ話が多く使われます。ただし、たとえ話は途中までしか正しくありません。この記事とシリーズの記事では、たとえの限界も一言添えます。

いまのコンピューター(古典コンピューター)との違い

量子コンピューターと対比して、いま使っているパソコンやスマートフォン、スーパーコンピューターを「古典コンピューター」と呼びます。量子でないという意味で、古い機械という意味ではありません。2つの違いを、公式の解説で確かめられる範囲で表にします。

比べる点古典コンピューター量子コンピューター
情報の単位ビット。0か1のどちらか量子ビット。0と1の重ね合わせの状態を取れる
計算の部品論理ゲート。半導体のスイッチを何十億個も組み合わせる量子ゲート。量子ビットに電磁波や光を当てて操作する
答えの出方同じ入力なら同じ答え測定すると確率で0か1が出る。同じ計算を何度も繰り返して答えを決める
誤りの扱い環境のノイズで誤りは起きるが、訂正は比較的やさしい方式を問わず誤り訂正が難しく、根本的な課題
動かす環境常温方式による。超伝導方式は絶対零度近くの極低温が必要。光方式は量子の状態そのものは常温で扱える(一部の検出器は低温)。中性原子は大きな冷凍機は要らないが、真空の中で原子そのものをレーザーでほぼ絶対零度まで冷やす
得意なこと四則演算、表計算、文章、画像、動画など日常の大半の処理特定の問題。分子や材料の性質の計算、素因数分解、探索の一部など

出典: Q-portal「量子コンピュータ」、IBM の解説、産総研マガジン「光量子コンピューターとは?」(2026年6月17日)、Q-portal「冷却原子」。「得意なこと」の行は次の節で出典つきで説明します。

ビットと量子ビットの違い

私たちの身の回りのコンピューターは、情報を「0」と「1」の2つの数字(ビット)で表します。たとえば10進数の100は、コンピューターの中では「1100100」という7ビットとして扱われます。桁は増えますが、スイッチのオンとオフのように2つの状態を区別すればよいので、機械には扱いやすい表し方です(Q-portal)。

量子コンピューターは「量子ビット」を使います。量子ビットは、0と1の重ね合わせの状態を取れます。Q-portal の例では、「アダマールゲート」という操作を0の量子ビットに行うと、0と1がちょうど半分ずつ混ざった状態になります。この状態を測ると、0と1のどちらが出るかは2分の1ずつの確率でランダムに決まります。重ね合わせの割合は、「少しだけ0寄り」のように連続的に変えることもできます。

ここで、よくある言い方に注意が必要です。「量子ビットは0と1を同時に持つので、たくさんの計算を同時にできる」という説明です。半分は合っていますが、答えを読み出すときは測定が必要で、測ると1つの結果に決まってしまいます。この点は「よくある誤解」の節で扱います。

答えの出し方が違う

古典コンピューターは、手順どおりに進めれば答えが1つ出ます。量子コンピューターは、量子ビットを重ね合わせともつれの状態にして、操作を重ね、最後に測定して答えを読みます。測定の結果は確率で決まります。IBM は、量子の計算は確率的なので複数の答えの候補が出ることがある、と説明しています。

では、なぜ正しい答えが得られるのでしょうか。カギは干渉です。Q-portal は、量子アルゴリズムの狙いを「重ね合わせと干渉をコントロールし、従来のコンピュータではとても時間がかかる問題を少ないステップで解く」ことと説明しています。多数の量子ビットを重ね合わせにして「あらゆるパターンを一斉に試すような状態」を作ることはできますが、そのまま観測するとランダムに1つの結果しか得られません。そこで干渉を使い、特定の答えだけが強く出るように確率を操作する、という流れです。

つまり、量子コンピューターは「全部の答えを一度に出してくれる機械」ではなく、「正しい答えの確率が高くなるように、計算の道筋をうまく設計して使う機械」です。問題ごとに、そのための手順(量子アルゴリズム)が必要になります。

作り方も違う

古典コンピューターの部品は、半導体で作ったスイッチです。量子ビットは、量子の性質を示すものなら何でも材料になります。Q-portal と IBM の解説、経済産業省の資料に出てくる方式を挙げると、超伝導の電気回路、電場で捕まえたイオン、レーザーで冷やして並べた原子、光の粒、半導体の中の電子などです。

方式ごとに、動かす環境も得意なことも違います。超伝導方式は、希釈冷凍機という装置で絶対零度近くまで冷やす必要があります(産総研)。一方、光や中性原子を使う場合は、常温で動かせる部分が大きく、消費電力を小さくできる可能性があると産総研は説明しています(産総研マガジン 2026年6月17日)。ただし同じ記事は、一部の高性能な検出器には低温環境が要ると注記しています。また中性原子は、装置の外側は常温でも、原子そのものはレーザーで絶対零度より0.00001度ほど高いだけの温度まで冷やして使います(Q-portal「冷却原子」)。

方式の違いは、このシリーズの別の記事で詳しく扱う予定です。国産の超伝導機として、理研が2023年3月に64量子ビットの1号機を公開し、同年10月に富士通と理研が2号機を公開しました(富士通・理研の発表、2023年10月5日)。

「速い」の意味が違う

「量子コンピューターは速い」と言われます。この「速い」は、クロックの周波数のような動作の速さではありません。計算に必要な手順の数(ステップ数)が少なくて済む、という意味です。Q-portal が紹介するグローバーの探索アルゴリズムは、N個のデータから探したいものを、Nの平方根程度のステップで見つけられます。100万件なら、およそ1,000回の目安です。手順が減るのであって、1回あたりの操作が速くなるわけではありません。

産総研が紹介する光方式の記事は、光通信の波長で動かせば原理的には非常に高速な処理ができ、約5GHzの現在のCPUと比べて千倍近い速度も理論上は夢ではない、としながら、「その実現にはさまざまな技術開発が必要」と書いています。つまり、速さは目標の話であり、いまの機械の性能ではありません。

量子コンピューターが得意なこと・得意でないこと

結論を先に言うと、得意な問題は限られています。産総研の川畑史郎氏(当時の新原理コンピューティング研究センター副研究センター長)は、2022年の取材で、量子コンピューターを使うと古典コンピューターより高速になることが数学的に保証されている問題は「わずかに100個程度」で、その中で社会課題の解決やビジネスにつながりうるものは、量子化学計算、機械学習、量子シミュレーションなど非常に限られている、と述べています(産総研マガジン、2022年5月18日)。2022年の発言なので、数は今後変わりうる点にご注意ください。

得意と言われる問題を、理由と注意点つきで整理します。

問題の種類量子で期待される理由注意点
分子や材料の性質の計算(量子化学・量子シミュレーション)分子は量子力学で動くため、同じルールで動く量子ゲートで自然に再現できる十分な大きさの誤り訂正つきの機械が前提。いまは小さな分子や試験的な計算
大きな数の素因数分解ショアのアルゴリズムが、整数の周期性を使って効率よく解く現在の暗号への影響があるため、別の暗号への移行が始まっている(誤解の節)
データの探索グローバーのアルゴリズムが、Nの平方根程度のステップで探せる高速化は「平方根」止まりで、桁違いに速くなるわけではない
組み合わせ最適化・金融・機械学習の一部誤り耐性のある汎用機なら、ポートフォリオ最適化・デリバティブの価格付け・リスク計算などの金融の問題を高速化できることが示されている(産総研)実用機がまだなく、現状は研究・検討の段階。方式によって最適化に特化した機械もある

出典: Q-portal「量子コンピュータ」、産総研マガジン(2022年)、IBM の解説。

一番の本命は「自然のシミュレーション」

量子コンピューターの発想の出発点は、計算の速さではなく、自然そのものの再現でした。1981年、米国の物理学者リチャード・ファインマンは「コンピュータで物理をシミュレーションする」という講演で、「量子力学のルールで動く自然を調べるなら、計算の機械も量子力学のルールで動かせばよい」という考えを示しました(Q-portal「量子シミュレーション」)。

水や二酸化炭素のような身近な物質も、原子核のまわりを電子が量子力学にしたがって動くことでできています。電子の数が増えると、0と1で計算する従来のコンピューターでは、重ね合わせやもつれを取り込む計算が急に大変になります。量子ゲートは同じ量子力学のルールで動くため、この振る舞いを自然に再現できる、とQ-portalは説明しています。

経済産業省の2026年7月8日の資料は、米国のコンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーの報告(「Quantum Technology Monitor 2026」)を引き、量子コンピューターの使い道が生む経済効果は2035年に206兆円から429兆円と見積もられ、特に「化学、金融、創薬、交通・物流」で大きな価値が見込まれる、と紹介しています。これは民間の予測であり、確定した数字ではありません。

得意でないこと

産総研の解説は、量子コンピューターを使っても四則演算や、エクセルの表計算を高速化することはできない、と明記しています。文章を書く、写真を見る、動画を再生する、といった日常の処理の多くも、同じ理由で量子にする利点は見当たりません(この一文は編集部の整理です)。

ここから、大事な見方が出てきます。量子コンピューターは、スーパーコンピューターが苦手な問題だけを受け持つ道具になる、という見方です。産総研は「量子コンピュータはスーパーコンピュータをいずれ置き換えられる」のではなく、「スーパーコンピュータが苦手で量子コンピュータが得意とする数学的問題を高速化する手段として使われるようになる」「仲良く共存する」と述べています。

古典コンピューターと組み合わせて使う

実際の使い方も、組み合わせが前提になっています。IBM は、量子と従来型の計算を組み合わせ、それぞれが得意な部分を担う統合的なワークフローが効率的だと説明しています。経済産業省の資料も、マッキンゼーの調査が量子コンピューターと古典コンピューター(CPU・GPU)のハイブリッドコンピューティングを重要と示唆している、と紹介しています(経済産業省「量子コンピュータ政策の今後の方向性」、2026年7月8日)。

日本の例が、産総研のG-QuAT(量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター)が整備した「ABCI-Q」です。GPUのスーパーコンピューターを中心に、超伝導・中性原子・光の3種類の量子コンピューターを組み合わせ、2025年10月14日に一般提供を始めました(産総研マガジン、2026年3月4日)。同じ記事は、量子コンピューターを使うこと自体が目的ではなく、「課題が解決できれば、必ずしも量子コンピューターを使わなくても良い」とも書いています。

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よくある誤解を、一次資料で確かめる

量子コンピューターは、ニュースやたとえ話を通して、実際より大きく、あるいは間違って伝わりやすい技術です。ここでは、よく見かける言い方を8つ取り上げ、国や研究機関、各社の公式の説明で確かめます。「誤解」と書いたものも、言葉の使い方しだいで部分的には正しいことがあります。その点も添えます。

誤解1:どんな問題でも超高速で解ける

実際は、高速化が見込める問題は限られています。産総研の川畑氏は、この考えを「間違った認識の一つ」と呼び、数学的に高速化が保証された問題は100個程度、ビジネスにつながるのはさらに限られる、と述べています(産総研マガジン)。「得意なこと・得意でないこと」の節の表のとおりです。

誤解2:0と1を同時に持つので、全部の答えを一度に出せる

量子ビットが0と1の重ね合わせになれるのは本当です。しかし、答えを取り出すには測定が要り、測定すると1つの結果に決まります。Q-portal は、重ね合わせを「恥ずかしがり屋」にたとえています。グーとチョキが半分ずつの手に袋をかぶせておけば重ね合わせは保てますが、袋を取って見たとたんに、グーかチョキのどちらかに変わります(Q-portal「重ね合わせ状態」)。

だから量子アルゴリズムは、干渉で正しい答えの確率だけを強めてから測ります(Q-portal)。「全部を同時に計算して、一番いいものを選ぶ」という説明は、読み出しの難しさを抜かしています。たとえ話の限界は、ここにあります。

誤解3:スーパーコンピューターに取って代わる

産総研は、置き換えではなく共存になると説明しています。量子が得意な部分だけを量子が担い、残りは古典コンピューターが担います(前の節を参照)。

誤解4:量子ビットの数が多いほど高性能

数は目安の1つにすぎません。理由は2つあります。

  • 誤りがあるから:産総研は、エラーがまったく起きない理想的な量子ビットが100個あれば2の100乗通りの並列処理ができるが、実際の機械ではエラーが起きるため、所望の計算能力を出せないと書いています(「並列処理」という言い方には誤解2の注意が当てはまります)。
  • 「物理」と「論理」があるから:誤り訂正では、複数の物理量子ビットで1つの「論理量子ビット」を作ります。Quantinuum は2025年11月5日に、98個の物理量子ビットを持つイオントラップ方式の「Helios」を発表し、完全に誤り訂正された論理量子ビットは48個(符号化率は2対1)としています。2量子ビットゲートの忠実度は、全ペアの平均で99.921%と公表しています(Quantinuum の発表)。物理98個でも、誤りを訂正して使える論理は48個です。物理と論理の比は、符号の種類や、どこまで誤りを減らしたいかで大きく変わります。IBM が示す符号の例では、物理288個で論理12個です(IBM Quantum ブログ、2025年6月10日)。

機械を比べるときは、物理量子ビットの数、論理量子ビットの数、ゲートの精度(忠実度)、量子ビット同士のつながり方を合わせて見る必要があります。方式が違えば、同じ数でも意味が変わります。

誤解5:量子もつれを使えば、光より速く情報を送れる

もつれた2つの量子は、遠く離れていても息が合ったように振る舞います。Q-portal は、2つの電子のうち片方を測ると、もう片方を測ったときに必ず同じ向きになる、と説明しています。しかし、これで情報が瞬時に送れるわけではありません。

Q-portal の「量子テレポーテーション」の解説は、量子の「状態」を遠くに移す技術であっても、測定の結果をほかの方法(電話のような普通の通信)で伝えないと完成しない、と明記しています。「光の速度を超えて情報を伝えることはできない」と書かれています(Q-portal「量子テレポーテーション」)。

誤解6:量子コンピューターができたら、今の暗号がすぐ全部破られる

起きうる話ですが、「すぐ全部」ではありません。IBM は、1994年に数学者ピーター・ショアが示した素因数分解のアルゴリズムが、現在の暗号を破りうることを示したと説明しています。ただし、それには十分に大きな誤り訂正つきの機械が必要です。

必要な規模の見積もりも、公開されています。クレイグ・ギドニー氏が2025年5月21日に投稿した論文は、2048ビットのRSA暗号の素因数分解は、100万個未満のノイズのある量子ビットで1週間未満で実行できると見積もっています。これは、すべてのゲートの誤り率が0.1%、量子ビットは正方格子で隣とだけつながる、といった前提を置いた理論的な見積もりで、実機での実証ではありません(arXiv:2505.15917)。この記事で確かめた現在の機械は、約100から256量子ビットの規模です(次の節の表を参照)。

備えも始まっています。米国の標準技術研究所(NIST)は2024年8月13日に、量子コンピューターによる将来の攻撃に耐えるよう設計した暗号の標準3つ(FIPS 203・204・205)を承認しました(NIST の発表)。暗号の話は量子通信・量子暗号とはで扱います。

誤解7:「量子優位性を達成」したなら、もう実用になった

「量子優位性」は、特定の計算で量子コンピューターが従来の方法より速い、または安く解けることを指す言葉です。IBM は、既知のあらゆる従来法より優れた解を出せる段階を量子優位性と定義しています。そして、ここには注意が要ります。

Googleは2024年12月9日の発表で、チップ「Willow」が、ランダム回路サンプリングという課題を5分足らずで終えたと述べました。同じ計算は、現在最速級のスーパーコンピューターでは約10の25乗年かかると書いています。ところが同じ記事は、この課題について「実用的な商用応用はまだ示されていない」と明記しています(Google の発表)。

Q-portal の藤井啓祐氏(大阪大学)も、ベンチマーク問題では従来のコンピューターより高速に計算できることが達成されているが、「まだ実用的に役立つ問題を高速に解ける段階には至っていません」と書いています。

その後、IBM は2026年7月30日に、シカゴ大学、Qedma、Algorithmiq とそれぞれ量子優位性を実証したとする3本の論文を発表しました。課題は、ランダム回路サンプリングや物理系の時間変化のシミュレーションなどです。IBM 自身が、量子優位性の発表は決着ではなく、より厳しい検証の始まりだと書き、結果を公開の追跡の場(Quantum Advantage Tracker)に置いて、最良の古典の方法と比べる検証にかけています。実用や商用の価値についての主張はしていません(IBM Quantum ブログ「Quantum advantage through trusted quantum computation」、2026年7月30日)。研究の節目としての優位性と、仕事や生活に役立つ実用は、分けて読む必要があります。

誤解8:量子アニーリングも超伝導も光も、全部同じ量子コンピューター

同じ「量子コンピューター」でも、方式によって仕組みも用途も違います。産総研は、NEC と共同で開発を進める「超伝導量子アニーリングマシン」を、組合せ最適化問題専用のコンピューターと説明しています(産総研マガジン)。これに対して、量子ゲートを組み合わせて何でも計算できる「ゲート方式」を目指す機械もあります。Q-portal も、量子ゲート方式の量子コンピューターをデジタル量子シミュレーターと呼び、「量子の風洞」のような専用のアナログ量子シミュレーターと区別しています。

この違いは、ニュースの読み方に直結します。「◯◯方式が実用化」と書かれていても、それが汎用の機械の話なのか、特定の問題向けの話なのかは、その都度確かめる必要があります。方式の比べ方は、量子コンピューターの方式の違いにまとめます。

ニュースに出てくる言葉の早見表

発表やニュースを読むときに引っかかりやすい言葉を、公式の説明に沿ってまとめます。一番右の列は、その言葉が出てきたときに確かめるとよい点です。

言葉意味確かめる点
量子ビット量子コンピューターの情報の単位。0と1の重ね合わせの状態を取れる(Q-portal)物理か論理か
物理量子ビット・論理量子ビット物理は実際の装置の量子ビット。論理は、複数の物理量子ビットで誤りを訂正して作る量子ビット「◯◯量子ビット」がどちらの数か
量子ゲート量子ビットへの操作。アダマールゲートと CNOT ゲートなどがある(Q-portal)ゲートの精度(忠実度)
デコヒーレンス量子の状態が壊れて、量子らしさが失われること。測定や環境の影響で起きる(IBM)どれだけ長く状態を保てるか
NISQノイズが多い中規模量子デバイス。いまの機械の段階(富士通・理研)誤り訂正を使っているか
FTQC・early-FTQC誤り耐性(誤り訂正)を備えた量子コンピューター。early は初期段階の機械(富士通・理研)論理量子ビットの数と時期
量子優位性既知のあらゆる従来法より優れた、速いか安い解を出せること(IBM)課題は実用か、比べた相手は何か
量子アニーリング組合せ最適化問題専用のコンピューター(産総研の説明。産総研マガジン)汎用のゲート方式の話ではない
ハイブリッド量子と古典のコンピューターを組み合わせて使うこと(IBM、経済産業省)量子が受け持つ部分はどこか
G-QuAT産総研の量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター。国内の量子の拠点(産総研マガジン)採用や共同研究の窓口

「確かめる点」の列は編集部の整理です。

いまの到達点|2026年11月時点で何ができているか

量子コンピューターは、動く機械は存在し、クラウドなどで使えるものもあります。研究用の課題で従来の方法を上回ったとする発表も出ていますが、「仕事や生活に役立つ問題を従来より速く解く」段階には達していない、というのが、確かめた範囲の姿です。

「ノイズのある時代」と「誤り訂正の時代」

富士通と理研は、現在の量子コンピューターを「NISQ(ノイズが多い中規模量子デバイス)」と呼び、ノイズの影響を完全には排除できず、大規模な計算ほど正確な結果が得られない、と説明しています。完全に正確な計算ができる「FTQC(誤り耐性量子コンピューター)」には、大量の量子ビットでエラーを訂正する必要があります(富士通・理研の発表、2025年4月22日)。

FTQCの初期段階(early-FTQC)で実用レベルの計算を解くには、少なくとも6万量子ビットが必要という予測が、同じ発表に載っています。富士通と大阪大学は2024年8月28日に、「STARアーキテクチャ」という計算の方式で、6万量子ビットなら現行コンピューターで約5年かかる物質のエネルギー推定計算を約10時間で実行できる、という試算を発表しました。従来は典型的に100万量子ビットが必要と言われていたので、1桁小さい規模です(大阪大学・富士通の発表)。いずれも将来の見積もりであり、現時点で実現した成果ではありません。

公式の発表を時系列で並べる

主な発表を、発表元の公式ページで確かめた範囲で並べます。数字は発表した会社や研究機関のもので、当サイトが測定したものではありません。

時期発表した組織内容
2023年3月・10月理研、富士通と理研国産の超伝導量子コンピューターの1号機(64量子ビット)を理研が公開。10月に2号機(64量子ビット)を公開し、量子シミュレーターと連携する形で企業や研究機関への提供を開始(富士通)
2024年12月9日Google105量子ビットのチップ「Willow」。誤り訂正の格子を3×3、5×5、7×7と広げるたびに誤り率が半分になったと発表。ランダム回路サンプリングで5分足らず(同社推計で従来機は約10の25乗年)。実用的な商用応用は示されていないと注記(Google)
2025年4月22日富士通、理研256量子ビットの超伝導量子コンピューター。外部に提供する超伝導機として世界最大級(2025年4月現在、富士通調べ)。1,000量子ビット超級を目指す(富士通)
2025年6月10日IBM2029年に200論理量子ビット・1億ゲートの誤り耐性機「Starling」を目指す計画を公開(IBM)
2025年10月22日Google「Quantum Echoes」アルゴリズム。同社は、最良の従来アルゴリズムを使うスーパーコンピューターより13,000倍速く、結果を検証できるとした。分子の測定(NMR)への応用は「原理実証」の段階(Google)
2025年11月5日Quantinuumイオントラップ方式の「Helios」。物理98量子ビット、誤り訂正された論理48量子ビット、2量子ビットゲート忠実度99.921%(Quantinuum)
2026年5月IBM、理研、クリーブランド・クリニック最大12,635個の原子からなるタンパク質複合体のシミュレーションに成功したと、経済産業省の資料が紹介(IBM の発表を引用)。経済産業省は「医薬品開発期間の短縮に繋がる可能性」と記載(経済産業省)
2026年7月30日IBM とシカゴ大学・Qedma・Algorithmiq量子優位性を実証したとする3本の論文を発表。IBM は、発表は検証の始まりだとして結果を公開の検証にかけている。実用・商用の価値は主張していない(IBM)

IBM は日本語の解説ページ(2026年10月15日更新)で、量子コンピューターと HPC のコミュニティーの協力により、2026年後半までに最初の量子優位性を実現できると見込んでいます。IBM は2026年7月30日に上の表の発表をしましたが、IBM 自身が検証の始まりと位置づけており、外部の検証が続いています(2026年11月3日時点)。富士通の1,000量子ビット機は、富士通・理研の2025年4月の発表が2026年の構築と公開を目指すとし、経済産業省の資料にも「2026年内に量子棟に構築予定」とあります。完成の発表は確認できませんでした。

「優位性」の読み方

IBM は、段階を2つに分けています。「量子ユーティリティー」は、従来型の総当たりのシミュレーターでは扱えない問題に対して、信頼できる解を出せる段階で、IBM は2023年に初めて示したとしています。「量子優位性」は、既知のあらゆる従来法より優れた、速いか安い解を出せる段階です(IBM の解説)。

発表を読むときは、次の3点を確かめるとよいでしょう。

  • 課題は何か。実用の問題か、機械の性能を測るために作られた課題か。
  • 比べた相手は何か。最良の従来アルゴリズムか、特定の手法か。
  • 結果を第三者が確かめられるか。Google の Quantum Echoes は、結果を検証できる形にした点を特徴として挙げています。ここでの「検証できる」は、同じ水準の量子コンピューターで繰り返すと同じ答えが得られる、という意味だと Google は説明しています。IBM も2026年7月の発表で、結果を公開して外部の検証にかけています。

実用になる時期の見通しは、量子コンピューターはいつ実用化するかで、各社の目標を表にして扱います。

日本の現状|国の戦略・拠点・国産機

日本の動きを、国の戦略、経済産業省の方針、拠点と国産機、人材の順にまとめます。国の戦略は見直しの途中にあるため、資料の日付と出典を添えます。

国の戦略と、令和8年度の見直しの予定

文部科学省の量子科学技術委員会(2026年1月22日)の資料によると、日本の量子の政府方針は、統合イノベーション戦略推進会議が置く「量子技術イノベーション会議」を議論の場として、3つの戦略と2つの推進方策としてまとめられてきました(文部科学省「量子技術に関する政策動向について」、2026年1月)。

決定の時期文書位置づけ(文部科学省の資料による)
2020年1月量子技術イノベーション戦略研究開発戦略を主とする政策文書。量子技術イノベーション拠点を整備
2022年4月量子未来社会ビジョン2030年の目標を設定(下の囲み)
2023年4月量子未来産業創出戦略量子技術の実用化・産業化の戦略
2024年4月量子産業の創出・発展に向けた推進方策3つの戦略を補完。国際連携を強化
2025年5月量子エコシステム構築に向けた推進方策ヒト・モノ・カネを整え、自然に育つネットワークを作る方針
2025年11月日本成長戦略戦略分野の1つに「量子」を位置づけ

2030年の目標と、見直しの予定

量子未来社会ビジョンは、2030年に目指す状況として、国内の量子技術の利用者を1,000万人にする、量子技術による生産額を50兆円規模にする、量子ユニコーン企業を創出する、の3つを掲げています。文部科学省の2026年1月の資料は、「令和8年度にこれらの戦略の統合及び抜本的な見直しを実施予定」と記しています。令和8年度は2026年4月から2027年3月です。

2026年11月3日に内閣府の「量子技術イノベーション」のページ(内閣府)を確かめたところ、戦略の一覧は令和7年5月30日の推進方策までで、統合後の新しい戦略は載っていませんでした。新着情報には、日本成長戦略会議の量子ワーキンググループが2026年1月30日、2月16日、3月26日に開かれたことが載っています。見直しの内容は決まりしだい変わるため、国の戦略を引用する場合は、この日付以降の発表を確かめてください。

経済産業省の方針(2026年7月8日)

経済産業省は2026年7月8日の資料「量子コンピュータ政策の今後の方向性」で、4つの柱を示しています。国産量子コンピューターの開発、その海外展開、ユースケース(使い道)の創出、量子コンピューターの生産基盤の確立です(経済産業省)。

  • 導入の時期:2028年頃以降の early-FTQC 機、2031年頃以降の FTQC 機を、産総研 G-QuAT などの拠点に導入することを見据え、国産機の開発を促し、段階的に方式を絞り込むことも含めて技術の評価・審査をする、としています。
  • 投資の想定:2026年6月24日の日本成長戦略会議の資料(案)として、量子コンピューティングは2040年度までの官民投資で約10.3兆円規模を現時点で想定する、と紹介しています。確定した予算ではなく、想定です。
  • サプライチェーン:超伝導同軸ケーブル、低温動作の低雑音増幅器、希釈冷凍機などの部素材を、国内で確保すべき点として挙げています。ケーブルやコネクタ、制御装置は日本の強みで、海外の主要な量子コンピューターにも採用実績があるとしています。
  • ソフトウェア:特定の方式に依らない共通のソフトウェアや、GPU・CPUと統合した基盤の整備が課題としています。

拠点と国産機

経済産業省の資料や各機関の発表から、国内の主な動きを方式ごとに挙げます。

  • 超伝導:理研と富士通が、64量子ビット機と256量子ビット機を開発しました。経済産業省の資料によると、富士通は2026年内に、1,000物理量子ビットの超伝導機を構築する予定です。理研RQC-富士通連携センターの設置期間は、2029年3月まで延長されると2025年4月の発表にあります。産総研は、超伝導量子回路の共用の製造施設「Qufab」を2024年10月から外部に有償で開放し、累計で16機関が利用したとされています(経済産業省の資料)。
  • 光:東京大学の古澤研究室発のスタートアップ OptQC が NTT と、2030年の100万物理量子ビット機の実現に向けて共同研究をしている、と経済産業省の資料にあります。産総研 G-QuAT の量子コンピューター群には、富士通・QuEra・OptQC の機械が入っています。
  • 中性原子:京都大学・分子科学研究所発のスタートアップが、2027年度中にイッテルビウム原子を使った FTQC の試作機の開発を目指している、とあります。
  • イオントラップ:沖縄科学技術大学院大学(OIST)発のスタートアップが、イオントラップ技術と光での量子接続を組み合わせた、分散型の量子計算の研究開発をしている、とあります。
  • 周辺の技術:量子中継器の LQUOM、制御装置とミドルウェアの QuEL、量子コンピューターの接続システムの Nanofiber Quantum Technologies(NanoQT)、ソフトウェアの Jij と QunaSys が、国内の開発者として紹介されています。

会社と研究機関を働く先として整理した記事は、量子コンピューターの会社と研究機関にまとめます。

人材の育成

経済産業省の資料は、基礎研究から製品化まで、量子コンピューターに関わる人材は世界的に不足している、と書いています。対策として、産総研 G-QuAT などの拠点を使った実地教育を軸に、大学と連携して産業界でも活躍できる博士人材を送り出す事業を挙げています。大学と拠点が連携し、修士・博士一貫の学位プログラムを前提に、学生を積極的に雇用して育てる計画です。

文部科学省の「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」では、2026年度から、高校生や高専生に向けたプログラムと、企業と量子人材をつなぐジョブマッチングのプログラムを予定しています(経済産業省の資料に掲載された文部科学省の資料)。学び方は未経験から量子の仕事へで扱います。

量子コンピューターに関わる仕事

ここまで見てきた技術は、いろいろな職種の人が分担して作っています。当サイトでは、2026年11月5日時点で16社・機関の公式の採用ページから、118件の求人を取得して掲載しています。職種ごとの内訳は次のとおりです。

職種件数公表された年収の下限の中央値上限の中央値
研究職(理論・基礎・研究開発)42件600万円1,000万円(9件で集計)
事業開発・営業・PM23件1,000万円1,500万円(8件で集計)
量子ハードウェア・装置23件500万円1,200万円(7件で集計)
コーポレート16件725万円1,200万円(10件で集計)
量子ソフト・アルゴリズム開発11件600万円1,000万円(5件で集計)
オープンポジション(随時応募)3件500万円1,200万円(2件で集計)

2026年11月5日時点で量子ジョブに掲載中の求人の集計(各社の公式の採用ページから取得)。業界全体の統計ではありません。年収は募集要項の想定の幅で、固定残業代を含む場合があります。

量子の研究職だけでなく、装置を作るハードウェアの仕事、ソフトウェアの仕事、会社を支える事業開発やコーポレートの仕事もあります。この表は当サイトに掲載中の求人の集計であり、業界全体の割合ではありません。公式の採用ページに載っている募集の内訳です。

募集の実例を、この記事で説明した技術と結びつけて挙げます。

仕事の種類は量子コンピューターの仕事と職種、年収は量子コンピューターの仕事の年収、会社と研究機関は会社の一覧にまとめています。技術の仕組みにより近い仕事は、量子コンピューターの仕組みの最後の節で、仕組みの段階ごとに紹介します。

職種別の求人一覧は、研究職、ハードウェア・装置、ソフトウェア・アルゴリズム、事業開発・営業・PMから見られます。量子の経験を条件にしない求人もあり、条件は求人ごとに違うので、募集要項で確かめてください。

出典

すべて2026年11月3日に開いて確かめました。数字は各社・各機関が公表したもので、当サイトが測定したものではありません。将来の時期や規模は目標・試算・見込みで、確定した予定ではありません。

確かめられなかったこと: 富士通の1,000量子ビット機の完成の発表、256量子ビット機の提供開始の発表、IBM が2026年7月30日に発表した量子優位性の第三者による確定、令和8年度の戦略の統合・見直しの結果は、2026年11月3日までに確認できませんでした。経済産業省の資料に載る海外の機械の「現状」の数字は、資料の表の記載であり、各社の公式ページでは個別に確かめていません。