量子通信と量子暗号の違い|言葉を整理する

「量子通信」「量子暗号」「量子暗号通信」「量子インターネット」は、ニュースではよく混ざって使われます。一次資料の説明で、言葉ごとの意味を整理します。

言葉意味(資料の説明)出典
量子通信量子ビット(0と1の重ね合わせ状態)を離れた場所へ送り、いろいろな情報処理をする通信。暗号の安全化、大容量化、量子コンピューターどうしの接続などの方法が考えられている理研 Q-portal
量子鍵配送(QKD)光子に暗号鍵の情報を載せて伝送する技術。量子暗号通信に使われる総務省 白書
量子暗号通信QKD で配った鍵を使って、データを暗号化して送る通信。QKD とワンタイムパッド(使い捨ての鍵で暗号化する方法)を組み合わせると、情報理論的に安全な量子暗号通信になる、と発表で説明されているNTTドコモビジネス・東芝・NEC の発表
量子ネットワーク量子の状態を保ったまま長距離の通信を安定して実現するネットワーク。安全な通信や、分散した大規模な量子コンピューティングなどの基盤として期待される総務省 白書
量子インターネット量子コンピューターや量子メモリのような量子情報処理の拠点(ノード)を、光ファイバなどの量子通信路で結んだ、地球規模のネットワークNTT 技術ジャーナル
耐量子計算機暗号(PQC)量子計算機でも解読が難しい数学の問題を使った暗号。量子通信ではなく、今のコンピューターで動かす暗号の方式内閣官房

つまり、量子通信は広い言葉で、量子暗号通信はその中の「安全に鍵を共有する」使い道の1つです。量子インターネットは、さらに先の「量子の状態そのものをつなぐ」構想です。PQC は、この並びとは別の、数学の話です。

「量子暗号」は暗号文の作り方ではなく、鍵の渡し方

名前が紛らわしいのですが、QKD は暗号文を作る方法ではありません。同じ鍵を、遠く離れた2人が安全に持つための方法です。理研 Q-portal の解説の整理に沿うと、手順は2段になります。

  1. 鍵を共有する。ここだけが量子の部分で、光子を使います。
  2. 共有した鍵で、メッセージを暗号化して送る。ここは通常のインターネットと同じ通信路で行います。

鍵の共有の安全さが量子の物理で守られるので、「量子暗号」と呼ばれます。「絶対に破れない暗号」という言い方も理研の解説にありますが、これは理論上の話です。実際の装置と運用で何が残るかは、あとの節で説明します。

暗号だけではない量子通信|NICT が説明する基本原理

量子通信は、暗号のためだけの技術ではありません。NICT の解説ページは、通信の基本原理を量子で作り直す研究を説明しています。ふつうの通信は、情報を0と1のビット列にして圧縮し、ノイズに強い形に符号化して送ります。この2つを量子の状態に置き換えると、量子もつれのような量子の効果で、従来の理論の限界を超える圧縮や通信容量が可能になると予言されている、という内容です。

ページには、3ビットの信号を2ビットに圧縮して元に戻す実験や、送れる情報量が従来の限界を超える実験が載っています。圧縮の実験は2003年の論文で報告された成果で、ページは「量子暗号や量子テレポーテーションの実験が急速に進んでいるのとは対照的に、ほとんど手がつけられていない」と当時の状況を書いています。最新の状況ではなく、量子通信が暗号以外の広がりを持つことを示す資料として読んでください。

QKD の仕組み|光子で暗号の鍵を渡す手順

理研 Q-portal の解説によると、QKD の出発点は1984年にベネットとブラサードが提案した BB84 という方法です。まず、鍵を使う暗号の基本から確認します。

メッセージは0と1のビット列で表されます。送る人(アリス)は、他人に読まれないよう、秘密鍵という乱数のビット列とメッセージを混ぜて暗号化します。受け取る人(ボブ)は、同じ秘密鍵で元に戻します。うまくいくには、アリスとボブが同じ秘密鍵を、事前に持っている必要があります。この鍵の受け渡しに使うのが BB84 です。遠くまで送るため、量子ビットには光子が使われます。

BB84 の流れを、理研の解説と QKD の総説論文(QKD の総説論文(Scarani ほか、Reviews of Modern Physics))で確かめた範囲で、順に並べます。

  1. 書き込み。アリスは、鍵のもとになる乱数のビットを、光子1個ずつに書き込みます。書き込み方は2種類あり、1個ごとにどちらかをランダムに選びます。
  2. 読み出し。ボブは、光子を測ります。読み出し方も2種類で、毎回どちらかをランダムに選びます。
  3. 照合(シフティング)。アリスとボブは、普通の通信路で、どちらの方式を使ったかだけを突き合わせ、方式が違った光子の結果は捨てます。ビットの値そのものは公開しません。
  4. 誤りの調査。残った結果の一部を比べて、食い違いの割合を調べます。盗聴者がいると、この割合が高くなります。
  5. 後処理。食い違いを直し(誤り訂正)、盗聴者が一部を知っている可能性を考えて鍵を短く作り直します(秘匿性増強)。これで、最終的な秘密鍵ができます。
  6. 暗号化。その鍵で、データを暗号化して送ります。

総説論文は、QKD に必要な通信路を2つに分けて示しています。1つは、光子を送る量子通信路で、盗聴者がどんな細工をしてもよいものとして考えます。もう1つは、普通の通信を行き来する古典通信路で、こちらは「認証」されている必要があります。認証とは、アリスとボブが互いを確認でき、第三者は通信を聞くことはできても、会話に加われない状態です。QKD 自体は認証を与えません。この点は、限界の節でもう一度出てきます。

通信路流れるもの盗聴者に許すこと
量子通信路(光ファイバ・空間・衛星の光)1個ずつの光子物理法則が許すあらゆる操作
古典通信路(普通のネットワーク)方式の突き合わせ、誤り率、後処理のやり取り内容を聞くことだけ(参加はさせない)

登場人物の名前|アリス、ボブ、イブ

理研の解説の Q&A によると、登場人物の頭文字がアルファベット順になる名前を付ける習慣があり、アリス(Alice)、ボブ(Bob)、チャーリー(Charlie)などと呼ぶそうです。盗聴者は、イブ(Eve)と呼ばれることが多いとされています。

光子は途中で増やせない|距離の壁

光ファイバの中を進む1個の光子は、距離が伸びるほど届きにくくなります。NTT 技術ジャーナル(2023年4月号)は、標準的な光ファイバで、光子が受信者に検出される確率を、50kmで約10%、100kmで約1%、150kmで約0.1%と示しています。ふつうの通信なら、途中に中継器を置いて、弱った信号を増やして送り直します。しかし量子の信号は、複製や増幅が原理的に禁じられています(量子複製不可能定理)。そのため、長距離の量子通信には、別の工夫が要ります。この話は「量子インターネット」の節で説明します。

盗聴を検知できる理由と、限界

量子の状態は、測ると変わってしまいます。盗聴者が光子を盗み見ようとして測れば、光子の状態が乱れ、アリスとボブの測定結果に食い違いが出ます。理研の解説は、書き込み方と読み出し方が2種類ずつあるおかげで、鍵を盗もうとする盗聴者がいると観測結果が乱れて、2人が気づけると説明しています。盗聴に気づいたら、その鍵は使わず、メッセージを送らなければ、秘密は漏れません。ただし、その場合は鍵が作れないので、通信はできません。

理研の解説はさらに、量子コンピューターを使って盗聴しても、気づかれずに盗聴することはできないことが証明されている、と述べています。盗聴者が気づかれずに読みたくても、そうする方法が量子力学の上で存在しないので、盗聴者も困ってしまう、という説明です。NTT 技術ジャーナル(2023年4月号)も、QKD は、盗聴者が量子力学で許されるどんな盗聴をしても(任意の大きさの量子コンピューターを使う盗聴を含めて)、情報理論的に安全な暗号通信を提供する、と書いています。

ここまでが「理論」の話です。実際に使うときの限界を、一次資料から5つに分けて整理します。

限界1〜5|QKD の導入で残ること

限界内容(資料の説明)出典
1. 認証は別に要るQKD の方式は認証を提供しない。そのため、盗聴者が両者の間に入り、それぞれと別の鍵を作る中間者攻撃に弱い。認証には、量子計算機にも強い暗号の仕組みを併用する必要があるNCSC
2. 専用の機器が要るQKD は、ふつうの暗号の鍵合意の方法に比べて、専用のハードウェアが要る。耐量子の暗号方式は、今のコンピューターで動かせるNCSC
3. 距離と中継光子は増幅できない。中継点が量子情報を処理せず、いったん古典の信号に直す「トラステッドノード」型のネットワークでは、すべての中継点が信頼できないと安全な鍵を届けられないNTT 技術ジャーナル
4. 鍵の合意は一部の対策鍵を決めることは、複雑なシステムを守る多くの仕組みのうちの1つ。装置や古典の部品を含めたシステム全体で安全にする研究が、さらに必要NCSC
5. 装置の不完全さ理想の光源や無限に長い鍵を前提にした証明を、現実の光源や有限の長さの鍵で成り立たせる研究が続いている。NICT の量子ICT研究室のページには、不完全な光源での QKD の安全性の枠組みや、有限の鍵の長さでの安全性の解析の論文が並ぶ。QKD の総説論文も、量子通信路での盗聴への安全性だけでは足りず、装置の弱点をつく攻撃(装置に光を送り込んで設定を探る「トロイの木馬攻撃」など)や、横道からの情報の漏れがないかを、装置ごとに確かめる必要があると書いている(見つかった攻撃は、部品を足して防げることが多いとも書く)NICT 量子ICT研究室、総説論文

これらは、QKD に意味がないという話ではありません。目的が「盗聴を物理で検知する」ことなのか、「量子計算機の脅威に備える」ことなのかで、必要なものが変わる、という話です。

英国政府機関の見解|政府や軍の用途には推奨しない

英国 NCSC(国家サイバーセキュリティセンター)の見解(2020年3月24日公開)は、QKD の専用ハードウェアの必要性と、すべての使い方で認証が要ることを理由に、政府や軍の用途に QKD の利用を推奨しないとしています。また、特に重要インフラの分野で、事業に欠かせないネットワークを QKD だけに頼ることにも注意を促しています。QKD を検討する組織には、量子計算機にも強い暗号で認証を整えて、併用することを勧めています。日本の政府や NICT が QKD の社会実装を進めているのとは、立場が異なります。2つの立場があることを、そのまま知っておいてください。

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耐量子計算機暗号(PQC)との違い|量子で守るか、数学で守るか

量子コンピューターが大きくなると、いま広く使われている暗号の一部が破られるおそれがあります。この脅威に備える方法が2つあり、よく混同されます。内閣官房の関係府省庁連絡会議の中間とりまとめ(令和7年11月)などをもとに比べます。

項目量子鍵配送(QKD)耐量子計算機暗号(PQC)
守る根拠量子力学の法則(盗聴すると状態が乱れる)量子計算機でも解くのが難しい数学の問題
必要な機器光子を送受信する専用の機器と、専用の光ファイバなど今のコンピューター上のソフトウェアの方式。特別な機器は不要(NCSC)
認証別に必要鍵の合意と認証を、どちらも今のコンピューター上の暗号(鍵のやり取りの方式と電子署名)で行える(NCSC)
標準QKD の装置の基本仕様が、2020年に国際標準(ITU-T Y.3800シリーズ)に採用された(総務省 白書)NIST が2024年8月13日に最初の3つを標準として公表: FIPS 203(ML-KEM・鍵のやり取り)、FIPS 204(ML-DSA・電子署名)、FIPS 205(SLH-DSA・電子署名)
日本の動き総務省と NICT が、広域テストベッドで社会実装を推進内閣官房の連絡会議の中間とりまとめ(令和7年11月)が、政府機関等の移行を原則として2035年までに行うことを目指し、2026年度に工程表(ロードマップ)を策定するとしている

PQC は量子の技術を使うわけではなく、量子コンピューターを持った攻撃者にも耐える数学の方式です。量子通信の仕事や研究とは別の分野で、暗号の専門家が担っています。

何が危ないのか、いつ危なくなるのか

内閣官房の中間とりまとめによると、誤り耐性を持つ大規模な量子計算機で「ショアのアルゴリズム」を動かすと、素因数分解の問題や(楕円曲線のものを含む)離散対数の問題が、効率よく(多項式時間で)解けることが知られています。これは、電子政府推奨暗号リストにある公開鍵暗号のすべてにとって、理論上は大きな脅威です。一方で、共通鍵暗号やハッシュ関数には、公開鍵暗号のように効率よく破るアルゴリズムは見つかっていません。ただ、鍵の長さが128ビット相当のものは、より強い鍵の長さへ変える検討が要ると書かれています。

時期については、同じ資料が正直に「予測が難しい」と書いています。インターネットで使う公開鍵暗号を現実的な時間で解くには、誤り耐性を持つ量子計算機と、100万個以上の物理量子ビットが要るとされます。2039年より前に RSA-2048 を解ける量子計算機ができる可能性は5%未満と推定する研究(Sevilla と Riedel、2020年)がある一方、2024年の時点で15年以内にできる可能性が39%から62%程度とする分析(Mosca と Piani の2024年の報告書)もある、と両方を並べ、開発の時期を正確に予測するのは難しいとしています。

急ぐ理由として挙げられているのが、HNDL(Harvest Now, Decrypt Later)攻撃です。暗号化されたデータを今のうちに集めて保存しておき、量子計算機で解読できるようになってから読む攻撃のことです。長い間守りたい機微な情報は、早めの移行を検討する、とあります。

併用の考え方

どちらか一方を選ぶ話ではなく、組み合わせる話として語られることが増えています。NCSC は、QKD を使うなら、認証は量子計算機にも強い暗号で整えるよう勧めています。NEC の リサーチエンジニア(量子セキュリティ領域) の募集要項は、QKD と耐量子暗号の連携や、統合した鍵管理の基盤づくりを仕事の内容に挙げています(当サイトの求人は、後の節にあります)。

日本の取り組み|東京 QKD ネットワークから東名阪600kmへ

日本では、NICT が早くから量子暗号通信の研究開発に取り組んできました。確かめられた出来事を、日付の順に並べます。

時期出来事出典
1984年BB84 が提案される(QKD の出発点)理研 Q-portal
2010年NICT が東京圏に量子暗号通信のテストベッド「東京 QKD ネットワーク」を構築。東京都内の約50km を光ファイバでつなぎ、複数の日本企業が作った装置を試験してきたと、理研の解説も書いている総務省 白書、理研 Q-portal
2020年東京 QKD ネットワークの長期運用の実績をもとにした、量子暗号通信機器の基本仕様が、国際標準(ITU-T Y.3800シリーズ)に採用される総務省 白書
2021年度量子技術イノベーション戦略にもとづく拠点として、「量子セキュリティ拠点」を NICT に整備総務省 白書
2024年3月JAXA の宇宙戦略基金に、「衛星量子暗号通信技術の開発・実証」の技術開発テーマを設定。小型衛星に載せられる量子暗号通信装置などを開発する総務省 白書
2025年7月28日NICT が、IOWN Open APN 向けの大容量光伝送システムの実証環境に QKD システムを統合し、高速データ通信と鍵の生成の共存に成功したと発表(題名のみ確認)NICT 量子ICT研究室のページ
2025年10月8日NICT が、単一光子どうしの和周波発生を使った量子もつれ交換に、世界で初めて成功したと発表。次世代の QKD の長距離化に期待NICT のプレスリリース
令和7年度補正予算重要・機微なデータのやり取りの必要性が高い、東京と大阪などの主要都市間を結ぶ広域テストベッドを、総務省と NICT が構築総務省 白書
2026年6月30日NTTドコモビジネス・東芝・NEC が、総務省と NICT の取り組みの一環として、東名阪の約600km をつなぐ広域量子暗号通信ネットワークの構築を開始し、構築後に QKD の実証実験を行うと発表。3社が調べた限り国内初。総務省が掲げる2030年の QKD ネットワークの社会実装に向けて検討する3社の発表

総務省の白書は、日本の QKD 装置は現在、世界トップレベルの機能を持つとしたうえで、社会実装の本格化と国際競争力の確保のために、通信速度の高速化と、伝送距離の長距離化・広域化に取り組む必要があると書いています。また、総務省は量子暗号通信の社会実装の本格化を見据えて、さらなる高速化・高度化と大規模ネットワークの技術の研究開発を実施しています。

国の戦略は令和8年度に見直される予定

文部科学省の資料(2026年1月)によると、量子技術の政府方針は、量子技術イノベーション戦略(2020年1月)、量子未来社会ビジョン(2022年4月)、量子未来産業創出戦略(2023年4月)の3つで作られてきました。同じ資料は、令和8年度にこれらの戦略の統合と抜本的な見直しを実施する予定だと書いています。役割の分担としては、総務省が量子暗号通信・量子インターネットなどの量子通信の研究開発と社会実装、文部科学省が基礎研究、経済産業省が量子コンピューターなどの産業化を担う、と整理されています。総務省の取り組みとして、量子暗号通信網の早期の社会実装への支援、量子インターネットの要素技術(量子状態を保つ長距離通信など)の研究開発、広域 QKD ネットワークの技術実証が挙げられています。国の方針の細かい点は、見直しで変わる可能性があります。

衛星を使った量子通信

光ファイバの距離の壁を越えるため、衛星を使う方法も試されています。理研の解説は、量子もつれの光源を人工衛星に載せ、地上へ光子を送る衛星量子通信の実験が行われており、すでに2000km を超える距離で量子もつれを送れている、と書いています。地上では、天体望遠鏡で送られてきた光子を集め、高性能な光子検出器で受けます。日本では、前の表のとおり、JAXA の宇宙戦略基金が衛星量子暗号通信を技術開発テーマに設定しています。

量子インターネット|量子もつれを配るネットワーク

NTT 技術ジャーナル(2023年4月号)(NTT 物性科学基礎研究所の解説)によると、量子インターネットは、量子コンピューターや量子メモリのような量子情報処理のノードを、光ファイバや自由空間の量子通信路で結んだ、地球規模のネットワークです。地球上のどのクライアントの間でも、量子通信や量子計算、量子計測まで含めた処理を可能にする枠組みで、その構築は分野の長期的な課題であり、究極的な挑戦だと書かれています。

量子インターネットの役割は、クライアントに「量子もつれ」を効率よく配ることです。量子もつれは、原子や光子のような量子の系だけが持てる、特別な相関です。配られたもつれを使ってできることとして、同じ解説は次のものを挙げています。

  • ネットワーク上の任意のユーザーの間での QKD。国民投票、首脳会談、金融取引、遺伝情報や生体情報のやり取りなどに使える。
  • 量子テレポーテーションによる、未知の量子の状態の遠くへの忠実な転送。分散型の量子計算、クラウド量子計算、量子コンピューターのネットワークの基礎になる。
  • 原子時計の、正確で秘密裏の同期。高精度のナビゲーションへの応用も期待される。
  • 望遠鏡アレイの基線を長くすることによる、天文学への貢献。

いまの QKD ネットワークは量子インターネットではない

NTT の解説は、欧州の SECOQC、日本の東京 QKD ネットワーク、中国の2000km に及ぶ上海・北京のネットワークのように、QKD を目的とする量子ネットワーク自体は世界各地で作られてきたと書いています。ただし、これらのネットワークの中継点は、量子情報を処理するノードではなく、量子の信号を受け取っても古典の信号に直してから処理する、「古典的」なノードです。そのため、任意のノードの間に量子もつれを配ることはできず、すべての中継点が信頼できる場合でないと、安全な鍵を届けられません。この種類のネットワークは「トラステッドノードネットワーク」と呼ばれ、量子インターネットとは区別されています。

量子中継とは|距離の壁を越える仕組み

全員を専用の光ファイバでつなぐ方法は、地球規模では費用と効率の面で現実的でない、と NTT の解説は述べています。光ファイバの透過率は、長さに対して指数関数的に減ります。たとえば1GHz のクロックで動く装置でも、1000km の光ファイバで一対の量子もつれを得るのに必要な時間の期待値は、100年のオーダーになるとされています。そこで必要になるのが「量子中継」です。

量子中継は、中継器を置く点では従来の通信と似ていますが、信号を増幅して送り直すのではありません。量子の信号は複製も増幅もできないためです。中継器では、主に「量子もつれ生成」と「量子もつれスワッピング」という操作をします。解説が紹介している方式は2つです。

方式流れ特徴(解説の説明)
量子メモリ方式隣り合う中継器の間で量子もつれを作り、量子メモリに保存する。すべての隣り合う中継器の間がもつれでつながったら、中継器の中でもつれの片割れの対に「ベル測定」をして、送信者と受信者を直接つなぐもつれに変える(もつれスワッピング)物質の量子メモリと、量子の状態を光とやり取りする部分が要る
全光方式もつれスワッピングに当たる操作を先に行い、そのあと量子もつれを作る、時間を逆にした方式。各地点で「グラフ状態」という量子もつれの光子を用意して配る量子メモリが要らず、光のデバイスだけで動く。繰り返しの速さが、通信距離ではなく光デバイスの速度で決まる

量子中継の原理の確認実験は、世界で行われています。解説によると、量子メモリ方式では、オランダのデルフト工科大学がダイヤモンドの NV 中心を、米国のハーバード大学と MIT がシリコン中の空孔を、中国の清華大学がルビジウム原子の集団を使い、量子メモリを使ったもつれスワッピングの原理の確認をしています。全光方式では、大阪大学、NTT、富山大学、カナダのトロント大学の研究チームと、中国科学技術大学のチームが、それぞれ独立に、時間を逆にしたもつれスワッピングの原理の確認を報告しています。この解説は2023年4月号のもので、その後の進展は含まれていません。

日本の量子インターネットの研究

総務省は、量子ネットワークの実現に向け、量子もつれ光源や量子メモリの技術開発、光時計などによる高精度の位相同期と量子ネットワークの融合、多者間の量子通信、量子通信プロトコルなどの基礎・基盤技術を確立する研究開発を始めたと、令和8年版の白書に書いています。NICT の公募では、量子インターネットの実現に向けて、量子もつれスワッピングを、敷設されたファイバで実証する研究が、研究員の募集(有期研究員|量子インターネット実現に向けた量子もつれのフィールド実証に関する研究開発)のテーマになっています。会社では、LQUOMが量子中継器の開発を事業にしています。

会社と研究機関|量子通信に取り組む組織

一次資料で確かめられた範囲で、役割を整理します。ランキングではありません。

組織確かめられた役割出典
情報通信研究機構(NICT)東京 QKD ネットワークの構築・運用(2010年〜)。量子セキュリティ拠点(2021年度〜)。量子もつれ交換や QKD の研究を発表している総務省 白書、NICT
NECQKD の装置の提供、東名阪の実証での QKD ネットワークの構築、技術検証とユーザーの実証(3社の発表)。採用ページの募集要項は、20年にわたり量子暗号技術の研究開発をリードしてきたと説明している3社の発表、NEC 採用ページ
東芝QKD の装置の提供、東名阪の実証での QKD ネットワークの構築、技術検証とユーザーの実証(3社の発表)。産業界の協議会 Q-STAR に、東芝が担当する量子暗号・量子通信部会がある(文科省資料)3社の発表、文部科学省
NTTドコモビジネス東名阪の実証の全体の統括、技術検証、ユーザーの実証、社会実装の検討、ネットワーク・データセンター・アプリケーションの提供3社の発表
NTT 物性科学基礎研究所量子インターネットと量子中継の解説・研究(技術ジャーナルの執筆)NTT 技術ジャーナル
LQUOM横浜国立大学発のスタートアップ。長距離の量子通信を可能にする量子中継器を開発し、量子インターネットの実現を目指す。2026年9月にデンマークに子会社を設立したと公式サイトに掲載LQUOM 公式サイト
総務省・JAXA量子暗号通信の社会実装の推進(総務省)。宇宙戦略基金で衛星量子暗号通信を技術開発テーマに設定(JAXA)総務省 白書

量子コンピューターの会社は、量子コンピューターの会社(働く先として)で整理しています。国の見通しと実用化の関係は量子コンピューターはいつ実用化するかをご覧ください。

量子通信・量子暗号の仕事|当サイトで確かめた募集

当サイトは、各社と研究機関の公式の採用ページから取れた募集を載せています。2026年11月5日時点で掲載中の求人118件のうち、題名か説明に量子通信・量子暗号・量子インターネットなどの語がある募集は15件です。内訳は、情報通信研究機構(NICT) 7件、LQUOM 5件、理化学研究所 量子コンピュータ研究センター 1件、NEC 1件、Qubitcore 1件です。

求人会社・機関種別給与(公式の表記)締切
[2]【本社】【研究開発職】世界初の量子中継器を「実際に動くもの」にする(メンバークラス)LQUOM正社員想定年収600万円以上記載なし
[3]【本社】【研究開発職】世界でまだ実現されていない「量子中継器」の研究開発(リーダー候補)LQUOM正社員年収900万円〜1,500万円記載なし
【3】【Yokohama/Japan】Research & Development Engineer (Future Research Leader)LQUOM正社員年収900万円〜1,200万円記載なし
【4】【Kawasaki / Japan】Optical & Laser EngineerLQUOM正社員年収500万円〜1,200万円記載なし
【4】【川崎/KBIC】【光学・レーザーエンジニア】レーザー・光学の経験を量子技術へ|量子光源の製品開発・国内外実証/量子インターネットの社会実装LQUOM正社員年収500万円〜1,200万円記載なし
上級研究員、研究員、または特別研究員募集 ナノフォトニック共振器量子電気力学研究チーム(25-3711)理化学研究所 量子コンピュータ研究センター研究機関の公募月額(公式の表記・下限)上級研究員の場合は750,000円以上、研究員の場合は650,000…候補者決定次第
リサーチエンジニア(量子セキュリティ領域)NEC正社員担当レベル 年収570万〜790万円程度/主任レベル 年収680万〜930万円程度(公式の想…記載なし
有期研究員|次世代量子鍵配送及び量子鍵配送ネットワーク及びその応用に関する研究開発情報通信研究機構(NICT)研究機関の公募本給 月額54.1万〜55.8万円(学歴・職務経験等で決定。年収は公表なし)2026-11-30
有期研究員|超伝導量子回路を用いたノイズ耐性量子ノード技術の研究開発情報通信研究機構(NICT)研究機関の公募本給 月額54.1万〜55.8万円(学歴・職務経験等で決定。年収は公表なし)2026-11-30
有期研究員|量子インターネット実現に向けた量子もつれのフィールド実証に関する研究開発情報通信研究機構(NICT)研究機関の公募本給 月額54.1万〜55.8万円(学歴・職務経験等で決定。年収は公表なし)2026-11-30
有期研究員|量子ネットワーク実現に向けた基礎研究開発情報通信研究機構(NICT)研究機関の公募本給 月額54.1万〜55.8万円(学歴・職務経験等で決定。年収は公表なし)2026-11-30
有期研究員|量子光通信ネットワーク技術の研究開発情報通信研究機構(NICT)研究機関の公募本給 月額54.1万〜55.8万円(学歴・職務経験等で決定。年収は公表なし)2026-11-30
有期研究員|量子通信理論情報通信研究機構(NICT)研究機関の公募本給 月額54.1万〜55.8万円(学歴・職務経験等で決定。年収は公表なし)2026-11-30
有期研究員|量子鍵配送ネットワーク、衛星量子鍵配送に関する研究開発情報通信研究機構(NICT)研究機関の公募本給 月額54.1万〜55.8万円(学歴・職務経験等で決定。年収は公表なし)2026-11-30
Researcher (Theoretical/AMO)Qubitcore正社員公表なし記載なし

2026年11月5日時点で量子ジョブに掲載中の求人118件を、題名と説明の語(量子通信・量子暗号・量子鍵・QKD・量子インターネット・量子中継・量子ネットワーク・量子セキュリティなど)で機械的に拾った結果です。語が出るだけで、通信が中心の仕事ではない求人も含みます。研究機関の公募の給与は月額の表記が多く、年収とは別です。

研究機関の公募は、給与の欄が月額の本給で、年収として書かれていません。企業の求人の年収と、1つの表で比べることはできません。NICT の公募は2027年4月1日採用分で、応募の締切が2026年11月30日(月)16時必着と、公式の応募ページに書かれています。上の表の NICT の公募7件は、同じ締切です。締切は変わることがあるので、応募の前に公式のページで確かめてください。

通信の仕事と、暗号(PQC)の仕事は別

量子通信の募集と、耐量子計算機暗号(PQC)の募集は、探すときに混ざりやすいので分けて考えてください。QKD は光子を扱う物理と装置・ネットワークの仕事、PQC は数学とソフトウェアの仕事です。当サイトは、NICT の公募のうち PQC に関するものは、量子技術の研究ではないため載せていません。NEC の募集のように、両方をつなぐ仕事はあります。

量子通信の募集に近い技能

光子を送る量子通信では、レーザーや光ファイバなどの光学の技能が土台になります。当サイトの全求人で、関係する語を数えた結果です。

技能の語出てくる求人
レーザー・光学・光ファイバ28件
ネットワーク・通信27件
暗号・セキュリティ6件
量子光学・光子17件

2026年11月5日時点の掲載中の求人118件を、題名・説明・必須条件・歓迎条件の語で数えた目安です。1件が複数の行に入ります。量子コンピューターの募集も含み、量子通信の募集という意味ではありません。

量子の経験がなくても応募できる募集があることは、上の例のとおりです(LQUOM の例)。ただし、NICT の公募は博士の学位(取得見込みも可)を求めています。職種の種類は量子コンピューターの仕事と職種、年収の見方は量子コンピューターの仕事の年収で説明しています。研究職と開発職の一覧は研究、ハードウェアで見られます。会社と機関のページには、情報通信研究機構(NICT)、LQUOM、NECがあります。

出典

確認日はすべて2026年11月3日です。

量子センサーは量子センサーとは、量子コンピューターは量子コンピューターとはで説明しています。仕事を探す場合は求人一覧へ。